第9話 グロースの魂
次々と闇に消えていく街並みに、ステインは焦っていた。
そんなことにはお構い無く、メルトームは両手を上げ、空を見つめながら詠唱を始める。
気づけば、先程まで降っていた信愛雪はやみ、変わりに数多の魔法陣が上空を埋め尽くす。
その全てに異常なまでの創遏が集い、魔法陣の色によって紫がかった空には稲光が駆け巡る。
今にも天災が降りかかろうと渦巻いていた。
「これは……これが神々の力。だが、儂とてただでやられるわけにはいかんのじゃ」
ステインは持っていた杖を空にかざし創遏を集中させると、一つの巨大な魔法陣を目の前に作り出す。
作ったのは光を超凝縮させ、一気に広範囲へ解き放つ攻撃法遏であった。
強力な広範囲法遏を数多の魔法陣にぶつけ、詠唱が完成する前に全てを打ち消そうと判断した。
「消滅の宴」
その行動に気づいていたメルトームは、直ぐ様ステインに向かい一つの法遏を唱えた。
詠唱を介さず放たれた法遏は、一瞬でステインの魔法陣に作用する。
「な、なんじゃこれは!?」
ステインが魔法陣に創遏を込めるも、メルトームの法遏に染まった魔法陣は、自らの意識に反しボロボロと自壊を始めた。
魔法陣を消滅させるといった法遏を、今までに見たことも聞いたこともなく、目の前の現象に困惑の色を隠せない。
「貴殿は、法遏を消滅させる法遏がないと思っていたのですか?」
得意気に笑みを浮かべるメルトームであったが、ステインはかけられた消滅法遏をすぐさま頭の中で解析し、再び空に向かい杖をかざす。
「消滅の宴!!」
ステインが法遏を唱えると、上空に渦巻いていた魔法陣が粉々に自壊を始め、煌めきながら宙を舞う。
咄嗟に機転を効かしたステインの行動に、メルトームは素直に感銘し手を叩いた。
「どうじゃ? 自分が使った法遏は真似されないと思っておったか?」
「ふふ、これはお見事です。まさか今の一瞬で私の法遏を解析するとは。少し貴殿にも興味が湧いてきましたよ」
圧倒的な力の差を感じているものの、必死に頭を回転させステインは何とか対抗策を考える。
(さて、どうする? 何か意表をつく策はないのか。何か隙のような……)
隙を伺いながら考えるステインであったが、突然後ろから何者かに腕と足を捕まれ、身動きを封じられる。
驚いたステインは咄嗟に振り返るが、悪夢のような光景に目を疑った。
「隊長……いけません。メルトーム様に手を出してはいけません」
虚ろな瞳の隊員達が、束になってステインにしがみついている。
その生気を失っている青ざめた顔は、まさに動く屍のであった。
「なっお前達! 既に信愛雪はやんでおるのじゃぞ?! 何故正気に戻っておらんのじゃ!」
必死に隊員達を振り払おうともがくステインであったが、もともと力の弱いステインが数人の人間を振り払うことには無理があり、そのまま動きを押さえ込まれてしまう。
「信愛雪は、すぐに効力を失いません。一度高まった愛情というのは、そう簡単に冷めないものなのですよ」
もがくのを止めたステインを見て、メルトームは再びゆっくりと本を読み始めた。
「貴殿は頑張りましたよ。一瞬での法遏の解析は見事です。私の知識の片隅に、貴殿の名前を残しておきましょう」
メルトームが目で合図すると、隊員達が一斉にステインの身体中を締めつける。
そのまま圧死するかと思われた時、隊員達の動きが急に止まり、ステインがぶつぶつと呟き始めた。
「その法遏は、神経に作用する拘束法遏ですね。隊員達の動きを止めたところで、貴殿が動けないことに変わりはないですよ。そんな状態で何をしようと……」
呆れ顔のメルトームであったが、ぶつぶつと呟くステインの言葉を聞いて顔色を変えた。
「統べての理を妨げる根幹に問う。
天象の静寂たる嘆き。
冥府に淀む憤怒の雫。
我を拒絶せし混濁の情状……」
詠唱を始めたステインの前方に、超巨大な魔法陣が形を作り始める。
しかしその魔法陣は完成に近づくほど荒ぶり、制御が完全にできていなかった。
「その詠唱はデ・ペントレゴラ?! 全てを破滅する究極法遏ですよ! そんな制御できていない状態で放てば、貴殿や仲間も巻き込むことになります!」
メルトームの言葉を無視し詠唱を続けると、瞬く間に超巨大な魔法陣が完成を遂げていく。
「開け天啓の階段。
開け獄門の扉。
その輝で全てを元に帰せ」
詠唱を終えたステインは、芯の通った眼差しでメルトームを睨みつけた。
「グロース第八条『如何なる境地でもその心折れることなかれ。諦めることは国を捨てると同意なり』。グロース第十七条『驚異を殲滅するためならば、その命全てを世界に注ぐなり』。古くからあるグロースの軍法じゃ。何とも恐ろしいルールであろう? 今どきの若者でこの軍法を重んじる者は数すくない。だが、儂はこの数十年間、グロースの魂を一度たりとも忘れたことはない。その魂に準じるためならば、自らに誓った理を破るも致し方なし!」
禁戒法遏を使う覚悟を決めたステインが、瞼を大きく開いて全創遏を解放する。
「儂や隊員達の命尽きようとも、グロースの魂は決して尽き果てることはない!! デ・ペントレゴラ、発……」
ステインが発動を宣言しようとした瞬間。
時が止まったよう、言葉を発することが出来なくなり、思考が無になってしまう。
「っ……?!」
何が起きているの分からず、ステインは咄嗟に自分の喉を押さえるが、言葉はおろか何かを想像することさえ出来なくなってしまった。
「これは……カシミス、出てきなさい」
状況を理解したメルトームは、視線をステインの後方に向け名前を呼んだ。
すると空間が裂け、中から少女が現れる。
「姉様。遅れて申し訳ありませんでした」
黒髪に翡翠色の瞳をした少女は、メルトームに向かい頭を下げた。
その姿は、どことなくメルトームに雰囲気が似ている。
カシミスと呼ばれた少女は、そのままステインの前に立つと、剣を作り出し切っ先を向けた。
「姉様、後は私にお任せ下さい」
そう言うと、カシミスの構えた剣は躊躇なくステインに振り下ろされた。




