第7話 死の恐怖
再び王喰を纏うシアンに向かい、ベベロンは欠伸をしながら背筋を伸ばす。
「急にやる気出すのはいいけどさ、どうするの? 頭可笑しくなって自殺願望でもうまれてきちゃった? 無敵の僕に勝てるわけないよね?」
(確かにこいつの能力は無茶苦茶だが、何かあるはずだ。弱点、突破口になる隙が)
のんびりと構えるベベロンに対し、シアンは頭をフル稼働させ突破口を探りながら一つの作戦をたてる。
(仕掛けなければ何も始まらない。一つ試してみるか)
シアンが転がっていた瓦礫を拾い、その中心に創遏を込めると、そのままベベロンに向かって瓦礫を投げつけた。
ベベロンは避ける素振りすら見せず、不思議そうに飛んでくる瓦礫を見つめる。
顔面に当たる直前、急に瓦礫が爆発し、破片が勢いよく周囲に飛び散った。
その破片によりベベロンの身体はズタズタに傷つき、左頬にも切り傷が走る。
誤算であったのは爆発の威力が高すぎ、破片がシアンにまで飛び、自らの左頬にも傷をつけてしまったことだ。
「くっ、少し創遏を込めすぎたか」
裸体の上半身に破片が複数食い込み、ベベロンの胸部は血に染まる。
しかし、何がしたいのかといわんばかりの笑みを浮かべると、瞬く間に傷が消えていった。
「何これ? もしかして、自分が直接攻撃を仕掛けなかったらダメージを返されないと思ったの?」
ベベロンの傷が完全に消えると同時に、シアンが口から血を吹き出し崩れ落ちる。
先程瓦礫によって与えた傷がそっくりそのまま転移し、シアンの上半身はあっという間に赤く染まった。
「ぐぅ……この化物が」
「やめてくれよ。僕は化物じゃなくて、神様だよ?」
よろめく体を無理やり起こし、シアンが防御の構えをとるが、一向にベベロンから攻撃は飛んでこない。
「なんだよ? 俺ばかりに攻撃させて、自分からは何もしないのか?」
ベベロンは頭を軽く掻き、少し困った顔をしながら俯いた。
「いや~、僕にも弱点があってね? 自ら、自分の体を傷つけたり、他者を傷つけると反転世界が解けてしまうんだよ。困ったものだろ? この不便な制限のせいで、僕は六聖より上の位にあげてもらえないんだよ」
「なっ、だったらわざわざ戦う必要ないじゃねーか!」
あまりにも意外であった能力の制限に、シアンは思わず口から本音がでてしまう。
だがそれは、相手が優しい心を持った神であれば通用する話であり、不条理を司るベベロンには通用しない理であった。
「確かに、僕に攻撃しなければ何も起きないよ。だけど、お兄さんは僕に攻撃を仕掛けるさ」
ベベロンが右手を伸ばすと、細い糸のようなものがシアンに纏わりつく。
そのまま人形を操るように指を動かすと、シアンは体の自由を奪われ、意思とは無関係に剣を構え突きつける。
「なっ! 体が勝手に?!」
そのまま剣をベベロンの左腕に突き刺すと、傷口から血が溢れ痛みに顔を歪ませる。
「痛いじゃないか~。酷いことするね」
剣を抜くと、またも一瞬で傷が消え、次の瞬間シアンの左腕が血に染まる。
「ぐぅあぁぁ……」
再び容赦なくシアンを操ると、無理矢理動かされたことによって傷口から大量に出血し、苦痛に汗が吹き出してくる。
「さぁ、次はどこを攻撃するかい? ジワジワとなぶり殺すかい? お兄さんは酷い人だな~」
無邪気に笑うベベロンは、新しい玩具で遊ぶ子供そのものであった。
無茶苦茶な能力に苛立ちを隠せないシアンは、睨みつけるようにベベロンの顔を見ると、ある事に気づく。
(あれは……そうか。もしかしたら)
何か異変に気づいたシアンは、創遏を集中し、一時的に爆発させた。
溢れでる創遏が衝撃となり、ベベロンは驚いて咄嗟に顔を防御する。
その瞬間、シアンを操っていた糸が切れ体が自由になった。
「なんだよ。ビックリしたじゃないか! なに? それで逃げたつもり? 糸なんてまたすぐに作れるんだよ?」
再び糸を纏わせるため右手を伸ばすが、シアンは逃げるどころか、一瞬でベベロンの目の前に移動し、がっしりと抱きついた。
「誰が逃げるって? いつまでも余裕ぶってるんじゃねーぞ」
「なっ! 何するんだよ!」
急に抱きついてきたシアンの行動は予想外であったため、ベベロンは引き離そうと慌てて体を動かす。
しかし、暴れる子供に容赦することなく、シアンはそのまま剣をベベロンの背中から自分の腹部まで串刺しにした。
「がぁっ。きさ、ま……なに考えて」
「へぇ。初めて焦ったな?」
串刺しにされ身動きがとれなくなったベベロンは、初めて額から汗を垂らす。
シアンは自らの剣により傷つき口から血を垂らすが、その顔に焦りはなかった。
「俺の仮説を聞いてみるか? お前には三つ弱点がある」
「なっ、何をいって」
ベベロンは突き刺さった剣を引き抜こうとするが、剣がシアンとも繋がっているため思うように動くことができない。
「一つは傷の転移条件だ。お前の左頬に残っている瓦礫でできた切り傷、これだけ何で俺に移さない?」
「そっ、それは……」
「移せないんだよな? 転移したい対象者と同時に同じ場所が傷つくと、お前はその傷を転移することができない。俺もあの時、同時に左頬に切り傷ができたからな」
シアンは、たまたま自爆で負った傷のことをしっかりと覚えていた。
「だったら何だっていうんだ! そんなことが分かったって、自分を巻き込んで串刺しにしてたらお前が先に死ぬぞ!」
「この串刺しは同じ場所を傷つけるのが目的じゃない。お前を逃がさないためだ」
「逃がさないだって?!」
「弱点の二つ目。お前は傷を負い終えた後じゃないと、傷を転移できない。今までの傷が全てそうだ。俺が剣で斬った傷、瓦礫で負った傷、全部が一通り攻撃を受けきった後に転移している」
ベベロンは開き直り、シアンを指差して悪態をつく。
「だったら何だっていうんだよ?! それが分かったから僕を殺せるのかい? 笑えないな! イライラするよ!!」
シアンは口を緩ませ、悪人のような笑顔で微笑みを浮かべると、自分とベベロンを囲うよう小さな結界を作り出す。
「あぁ。一番大切なのは、三つ目の弱点だ」
シアンが詠唱を始めると、結界の中をバチバチと稲光が飛び交い始め、今にも二人に襲いかかろうと渦巻き始める。
「お前は他者に痛みを押しつけ、本当の死を実感することなく生きてきた。痛みを誤魔化し、辛さから逃げ、死の恐怖を知らない。その甘えきった感情が、お前の最大の弱点だ」
「い、一体何を始めるんだよ!」
「なぁに、根比べだよ。この結界は俺が死ねば勝手に消える。さぁ、一緒に電撃地獄を楽しもうじゃないか」
シアンが歯を食い縛ると、渦巻いた稲光が一斉に二人へと降り注ぐ。
「うぁああぁぁー!!」
ベベロンとシアンの皮膚がみるみる焦げつき、身体中を駆け巡る激痛が止むことなく襲いかかる。
歯を食い縛り耐えしのぐシアンに対し、ベベロンは激痛に白目を浮かべ、口から煙を吐きながら叫び声をあげる。
「嫌だぁ! 死にたくない! 僕は無敵なんだぁぁあぁ!!」
傷の捌け口がないベベロンは、今まで味わったことがない激痛の連続にもがき苦しみ、辛さに耐えきれなくなった体から、次第に悲鳴は消えていく。
結界がボロボロと崩れ落ちると、身体中が焼け焦げたベベロンは、口を開けたまま絶命していた。
シアンは辛うじて意識を保ち、突き刺していた剣を引き抜くと、ベベロンはそのまま地に崩れバラバラに自壊する。
焼けついた体を伸ばし、シアンは空を見上げた。
「分かったか? 不条理だとか、無敵とか知ったことか。死ぬってのは、こういうことだベベロン」
六聖を殺したシアンは、休むことなくそのまま次の戦場へと歩み始める。
死んでしまった仲間達の想いを背に。




