第10話 守る人、守られる人
──目を開けると、そこはベッドの上。
「気がついた? 体は大丈夫?」
声の方に目をやると、悲しげな顔をしたナナが傍に座っていた。
「俺は……気を失っていたのか」
カイトが目を覚ましたと同時に、部屋へクロエとティナが入ってくる。
「やっと気がついたか」
「クロエさん。迷惑をかけて……すみませんでした」
「俺が修行をつけない理由が分かったか? 普通の奴では、俺が創遏を上げたら耐えられないんだよ」
「身をもって分かりました。自分の実力の無さに……腹が立ちます」
一人苛立ち、カイトは強く拳を握りこむ。
そんな姿を見て誰よりも辛い顔をしたのはナナであった。
「それが分かったなら、ティナにしっかりと稽古をつけてもらうんだな」
「私は稽古をつけるのは大丈夫だけど、カイト君大丈夫? 明日はお休みにする?」
クロエの隣でティナは心配そうに気を配った。
同情にも似たその言葉に、カイトは無理に声を張る。
「いえ、大丈夫です。明日から頑張ります!」
「それよりも、ルーインの奴らが直接ティナのところに現れるなんて珍しいな。シフが言っていたように、ティナはナナのことで何か心当たりがあるのか?」
カイトの空元気をばっさりと切るようにクロエは話題を変えた。
ことの経緯を探るように、ティナは一連の出来事を思い返す。
「そうね。さっき一緒に歌の練習をしていたのだけれど……」
──シフが現れる前。
花畑で歌うティナの姿にナナは見惚れていた。
当たり前だろう、憧れ続けてきた弐姫の歌声を独り占めしている。
その時間は、至高の一言であった。
「やっぱりティナさんは凄いです。まるで歌が生きているみたい……」
「ありがと! ナナちゃんも歌ってみたら?」
「そんなっ!! ティナさんの前で歌うなんて恥ずかしくて……」
「大丈夫よ! 歌姫になったら大勢の前で歌わないといけないのよ? 私一人の前で緊張していたらダメだよ!」
ティナの言葉にナナは首を横に振る。
「私が歌姫だなんて! 私にはそんな技術もないし、そもそも創遏だって全然ないです!」
「歌姫になるには創遏や技術も大切だけど、一番大切なのは歌を愛する気持ちだよ! さぁ歌ってみて!」
ティナの強引さに負け、ナナが恥ずかしながら歌いだす。
照れ臭さを隠しきれず、いつもの歌声には程遠い掠れた歌声であったが、それでもティナにはその歌声の本質が見えていた。
(思った通り。この子には物凄い素質が眠っているわ……)
緊張で震える歌声を、ティナは真剣な眼差しで聞き入っていた。
ナナの体がほぐれてきた頃を見計らい、一つアドバイスを飛ばす。
「ナナちゃん! もっと気持ちを込めて、体全体で声を出すの!」
ティナのアドバイスをうけ、ナナは両手を拡げて腹の底から思いっきり声を出した。
ナナが力強く歌い出した途端、辺りの木や花からエネルギーの塊が光の玉となり、ゆらゆらと周囲に集まりだす。
瞼を閉じて集中するナナはそれに気づいていなかったが、その光景にティナは息を飲んでいた。
(自然からこれほどのエネルギーを引き出すなんて。これは……想像以上ね。まさか彼女にも……)
ナナが歌い終わると、同時に光の玉は消えてしまう。
「ティナさん、どうでしたか?」
恥ずかしそうにナナは尋ねる。
「……最高だったよ」
それにティナは笑顔で答えた。
「ナナちゃん。私の傍で歌をいっぱい練習して、自信がついたら一緒に私のライブに出てみない?」
「えぇー!? 私がティナさんのライブにですか?!」
「もちろんもっと練習して実力がついたらだよ!」
ティナの悪い冗談だと思いつつも、ナナは思わず笑顔をこぼす。
「頑張ります!!」
ティナとナナが盛り上がっていたその時、轟音と共に次元の狭間が発生し、シフが現れた。
「こんな感じで、ナナちゃんが歌い終わった後にシフが現れたわ。シフがいうように、ナナちゃんには凄い素質があると思う」
ナナは複雑であった。
小さな時から歌うことが大好きで無意識に歌ってきたが、その歌声に歌姫の素質があることを知り、嬉しさと不安が同時に押し寄せてくる。
「でも、私が歌う度にあいつ達が現れるのでしょうか?」
不安そうに俯くナナに向かい、クロエは首を横に振った。
「いや、暫くは大丈夫だろう。あいつらもナナの傍にはティナや俺がいると分かったからな。そう迂闊には手を出してこれないさ」
それを聞いてナナの表情が少し和らぐ。
落ち着いた顔を見たティナとクロエは、すぐさま一つナナに提案した。
「だがこうなった以上、ナナにも守り人をつけるべきだな」
「私もそう思うわ」
守り人に相応しいのは、強さ以上に信頼がある人間。
クロエとティナは揃ってカイトの方を見た。
「ナナちゃんが良ければ、カイト君が適任だと思うけど……」
ティナがカイトとナナに尋ねる。
「カイトが私の守り人……? 私はそんなカイトの足を引っ張るようなことしたくないです!」
否定的なナナに同じく、カイトも一人考え込んでしまった。
「俺は全然強くないし、守り人だなんて。それに歌姫にとって守り人は特別な……」
グロース入団の時にしたシェンとの会話を思い出す。
守り人とは、もっとも信頼できるパートナー。
それは恋人や家族、もしくはそれ以上のものかもしれない。
「強いとかどうとか、守り人ってのはそんなことじゃない。大切なのは自分を犠牲にしてでもナナを守りたいかどうかだ。カイト、お前にとってナナはどんな存在だ?」
(ナナは俺にとって……)
「まぁ、これは俺達が勝手に決めることじゃない。ティナのお気に入りみたいだしな。ナナが不安に感じるならしばらくは俺が守ってやるよ。二人でゆっくり話すがいいさ」
そう言ってクロエとティナは部屋を後にした。
部屋に残された二人は少しの間無言になる。
沈黙の部屋を時計の秒針が支配し、カチッカチッと時間を告げる音が一秒を永遠と錯覚させていた。
「なんだか凄いことになっちゃったね。私のことでこんな大袈裟なことになってゴメン。私、こなければよかったね」
自分がカイトの重荷になっていると感じ、ナナは思わず顔を下げてしまった。
「ナナが歌が好きで凄い才能があるってのは俺が一番知っている。ずっと傍で聞いていたからな。ナナは凄いよ。世界トップの弐姫であるティナさんがナナの実力を認めていたよ! それに比べて俺は……」
「カイトだって頑張ってるの知ってるよ! そんな自分を否定しないで!」
「ナナは歌姫になってみたいか?」
相手がカイトだからか、ナナは自分の本音をさらけ出した。
「私が歌姫になるなんて考えてもなかったから……よく分からないや。でもティナさんに褒められて凄く嬉しくて、私に素質があるっていわれて、正直凄い心臓がドキドキした」
ナナは気づいているだろうか、夢を語るように話すその瞳に。
カイトは無意識に綻ぶナナの瞳を、久々に見た気がした。
「やっぱりナナは歌姫を目指すべきだよ! クロエさんもいるし守り人もゆっくり探せる!」
「違うの!! 私は……歌姫になるなら……カイトに守ってもらいたいの……」
恥ずかしそうにナナが顔を赤く染める。
「でも、強くなるために頑張っているカイトの足を引っ張りたくないの……」
その言葉にカイトも思わず顔を赤くする。
「足を引っ張るだなんて、むしろ大切な人がいた方がより頑張れるよ! そんなことより、守り人ってティナさんとクロエさんのような関係だぞ? 俺なんかでいいのか?」
「女の子にそんなこと何回も聞かないでよ。私は……カイトがいいの」
その恥ずかしそうな態度に、思わずカイトはナナを抱き寄せる。
「俺、強くなるよ。だから……ナナのことは俺が必ず守る」
カイトの言葉に安心したナナは、そのまま顔をゆっくりと埋めた。
「……うんっ」
その光景をクロエとティナが物陰からこっそり見ていた。
「若いっていいね~」
「楽しみな二人だね。私もクロエが守り人になった時のこと思い出しちゃった」
「……そんなこと思い出さなくていいんだよ」
クロエは目を逸らし、頬を赤く染める。
「ふふっ、可愛いクロエ」




