第5話 トルティマーニャ
シアン達とほぼ同時に、各部隊が外へと飛び出してきた。
ルディとジャムも自分達の隊員を引き連れ表にでると、空に浮かぶ神々を見て顔が青ざめる。
「何事だい! こんな馬鹿げた創遏の奴らが何で急に現れた?! 何で誰も気づけなかったんだい!」
マールやグラディと直接対峙したことのあるルディは、相手の異質な創遏が何者なのかをいち速く察し、思わず焦りから声を荒げてしまう。
そんな慌てふためくグロースの隊員達をよそに、ステラは外に出てきた人間に目を配らせる。
実力者と判断した一人一人に向かい、指差ししながらゆっくりと言葉を告げた。
ラヴァルに向かい「マール」
エルマンに向かい「クリエル」
ルディとジャムに向かい「グラディ」
ステインに向かい「メルトーム」
シアンに向かい「ベベロン」
ロドルフに向かい「バンビー」
レオに向かい「ネスタ」
それぞれ告げ終わると、次に人差し指をそのままグロースに向け、少し目を細め不気味な微笑みを作った。
「シャバーン、スルト。始めなさい」
「「御意」」
ステラが合図をすると、同時に二人の人物が前に立ち、ローブを捲り顔をあらわにした。
シャバーンと呼ばれた男性は、綺麗に染まった白髪にグレーの瞳が特徴的である。
ステインと同じくらいの老人に見えるが、体格はしっかりと鍛え上げられているのが服越しでも分かるほど肉厚であり、漂う創遏は静かながら底が見えない。
もう一人のスルトと呼ばれた女性。
彼女は燃えるような赤い髪を靡かせ、瞳は火が滾っているかのように赤く染まる。
体からも荒々しい創遏が溢れだし、カイトの深紅とは違う鮮やかな朱色の光が纏わりついている。
シャバーンが手の平を合わせ目を閉じると、ゆっくり創遏を高め、詠唱を始めた。
「漂う不浄の感情。苦しみ、悲しみ、妬み、恨み。
その身を滅ぼす遺憾の叢雲……」
「この詠唱は……いかん! 全員グロースから離れるのじゃ!」
シャバーンの詠唱に反応したのはステインであった。
何が起きているのか理解が追いつかない一同は、ステインの言葉にすぐ反応することができずその場に呆けている。
すると、超巨大な魔法陣がグロースを覆うよう上空に現れ、次第に光を纏い輝き始めた。
「急ぐのじゃ! この詠唱は禁戒法遏『トルティマーニャ』じゃ! こやつら、グロース本部をまるごと消し飛ばすつもりじゃぞ!!」
あまりにも突然すぎる展開であったが、普段落ち着いているステインの異常な焦りを見せている。
全部隊が余地のない出来事が起ころうとしていることを察知し、隊長達の指示で急ぎ魔法陣から距離をとる。
しかし、グロースの屯所で休んでいたシアンの部隊だけはまだ城の中にいた。
「ちょっと待てよ! 俺の部隊はまだ城の中だ!!」
焦るシアンであったが、シャバーンはそれを待ってはくれない。
「異空の守神シャバーンが命ずる。
世を繋ぐ光よ、我の命に共鳴し、戦きに荒れ狂う万物の創空を閉ざせ。
……トルティマーニャ 発動」
シャバーンが法遏を発動すると、魔法陣がぐるぐると回転を始め、光が瞬く間に収束されていく。
今にも光によって裁きが下されようとしていたが、シアンは隊員達を救うため、一人城に駆け込もうとした。
しかし、ロドルフは間に合わないと判断し、シアンを無理やり肩に担ぎ上げ咄嗟に魔法陣から距離をとる。
「何をするんだ!! 離せ!! 城には隊員達が……ルルがいるんだ!!」
暴れるシアンをしっかりと抑え、ロドルフは歯を食い縛り感情を圧し殺す。
隊員達を見捨てることができないシアン。
その気持ちを踏みにじっても、この先起こる戦いにシアンは必要であった。
「シアン、すまない。俺を恨むんだ」
ロドルフが魔法陣の外に出ると同時に、光の柱がグロースを包み込む。
光から数秒遅れ、とてつもない轟音と衝撃が後を追って荒れ狂う。
そして落ちてきた光は、役目を終え瞬く間に姿を消していった。
その光が完全に姿を消した時、それと同時にグロースは跡形もなく消滅し、城があった地表は底が見えない大空洞と化していた。
「おい……何だよこれ……ルル……ルルはどうなったんだよ」
「トルティマーニャの光に包まれたものは、空間ごと全てこの世界から抹消される」
冷や汗を滴し、目の前の状況を理解できないシアンに向かい、シャバーンが現実を突きつける。
その言葉が聞こえいるのか、聞こえていないのか。
ロドルフから解放されたシアンは、その場に膝を落とし動けないでいた。
そこへ間髪いれず、スルトが法遏を発動させる。
シャバーンが唱えたものと違い、詠唱を介せず発動された法遏により、無数の赤い柱がセントレイス全域に降り注ぎ、瞬く間に街が炎に包まれた。
「貴様らぁ! 何を考えてやがる!」
ラヴァルが思わず叫ぶ。
その叫びを引き金に、状況をようやく理解した隊長達が、ラヴァルを筆頭にステラへと立ち向かう。
しかし、先程ステラが指示した神々が各々の隊長の前に立ちはだかると、フードを捲り姿をあらわし戦闘体制に入った。
「もう一度告げましょう。私は大聖官セント=ステラ=ルールラ。我ら神々は、これより人間を殲滅します。そこに人間たちが知るべき理由などありはしません」
ステラが両手を広げ合図をすると、各部隊に立ちはだかった神々がおのおの空間転移法遏を使い、隊員達を巻き込んで周囲に瞬間移動する。
その場に残っていた他の神々も、ステラの指示を待たず各地に消え、次元の神ヒルデモームのみがステラの傍に立っていた。
「……静かになりましたね」
「ステラ様、メル様を連れてまいりましょうか?」
静かになったグロース上空で、ステラは気持ち良さそうに風を感じていた。
「いいえ、大丈夫です。メルは必ず来ます。私はここで彼を待ちましょう」
「かしこまりました。それでは私も行ってまいります」
ヒルデモームもその場から消えるよういなくなり、一人になったステラは胸に手を当て一呼吸し、空を仰ぐ。
そのまま口を開くと、潤やかな声で歌を歌い始めた。
──その緋色の瞳に、涙を浮かべながら。




