第4話 思い駆ける日々
事の発端は二時間ほど前に遡る。
──グロース本部 第四部隊屯所。
「た~いちょ~、我輩はもう死にそうでござる~」
「誰が我輩だ。ござるとか何語だよ」
第四部隊隊長補佐であるルルは、連日の激務に悲鳴をあげていた。
「もー我輩はついていけませーん!!」
シアンとは昔からの幼馴染みであり、部隊の中でもシアンに生意気を言えるのは彼女だけである。
第七戦争の際、シアンはシフ相手に想像以上の苦戦をしいられたことが気にくわなかった。
その為、己の力を高めることに部隊を巻き込んで膨大な数の討伐任務に出ていたのだ。
そこに合わせ神々の情報を聞き、戦闘意欲が抑えきれないでいたのである。
「さっさと朝飯を済ませろ!」
「もしかして今日も討伐任務に行くでやんすか~? 隊長以外の皆は過労で死にそうでやんすよ? これは完全なパワハラでござる!」
「やんすなのかござるなのか語尾をハッキリしろ。二日徹夜で戦い続けただけで根をあげるとは、情けない話だな」
「無理なものは無理なんでござるー! 休みをよこすでござるー!!」
手足をバタバタとさせごねるルルに、シアンはため息をついた。
「うるせーなー。分かったよ、今日だけだぞ?」
ルルは呆れ顔でため息を返すと、二日徹夜で戦い続けてなお元気なシアンに向かい、ベロを出して唾を飛ばす。
「この戦闘オタク! 隊長みたいに頭から足の先までアホでできた人は他にいないでござる! 今から第四部隊は冬眠に入るので、隊長はしばらく屯所に帰ってこないで下さいでござる!」
(おっ、ござるにしたな)
そのままルルに屯所から追い出されたシアンは、廊下の窓から外を眺めシフとの戦いを思い出していた。
(奴の炎を纏った刃は中々参考になった。武器に法遏を纏わせることであれほど殺傷能力があがるとは。少し法遏の使い方も学ぶ必要がありそうだ)
そのまま瞼を瞑り、頭の中で戦場を想像し仮想訓練を始める。
周囲は最年少で隊長に登り詰めた彼を天才と呼ぶ。
確かに天才であることに間違いはないが、彼の一番の武器はその強い向上心なのかもしれない。
集中力を研ぎ澄ました数分間は、それだけで天才の力を底上げする。
目を開けたシアンは、そのまま右手に創遏を込め剣を作り出そうとした。
その時、上機嫌なクスハが軽快なスキップをしながらやってくる姿が目に止まる。
「おう、クスハ。何してるんだ?」
いつもニコニコと気持ちの良い笑顔を振りまき、自分の意見をズバズバと言えるクスハは、シアンから見ても好印象であった。
世話係を担当しているが、正直シアンが何か手を貸そうとしてもその前にクスハ自身が一人で解決してしまう。
初めこそ言い合うことが多かったが、どことなく自分と波長が合うクスハに、僅かだが心を惹かれていた。
「今からカイトとナナのとこに行ってくる! シアンもたまには一緒にくる?」
(ナナ……?)
記憶に無い名前を聞き誰のことか悩んだが、それ以上に面倒臭そうだと判断したシアンは、鼻で笑い背を向けて歩きだす。
クスハから皮肉が聞こえてきたが、シアンはその言葉を全く気に止めず食堂を目指した。
「シアン、一人で朝食か? 良かったら一緒に食べないか?」
「ロドルフさん、お久しぶりです」
食堂についたシアンに声をかけたのは、遠征部隊隊長のロドルフ=サーチスであった。
第七戦争により、ルーイン屈指の実力を誇っていたキルネが消滅した。
それと同時にエレリオも殉職してしまったため、遠征部隊は一時帰還することになり今は本部に滞在している。
「ロドルフさん、暫くはルーインに行かないのですか?」
シアンはコーヒーを片手にロドルフの対面に座る。パンをかじっていたロドルフは手を止め、少し真剣な面持ちでシアンを見つめた。
「そうだな。キルネが無くなったとはいえ、ルーインにはまだまだ強大な力を持った集団が沢山いる。本来なら我々がすぐにでもルーインに戻り、防衛線を張るべきだ」
「俺も連れていってくださいよ! ルーインに行けば毎日が戦いの日々だ。今より強くなるためにこれ以上の環境はない」
意気揚々と話すシアンに、ロドルフは少し睨みをきかせ叱咤する。
「何をいっておる。お前は立派な隊長だろう? 自分だけのことを考えておらんと、部隊のために動かないか。そんな気構えではそこまでの男で終わってしまうぞ」
「そんなことは分かってるよ。だけど俺は隊長なんかで満足したくないんだ! 俺の目標は弐王を越えること。それには普通じゃ駄目なんだよ!」
弐王を越えたいと願うシアンに、ロドルフは少し頷いた。
「確かに、あの二人を越えたいなら普通では無理だな。弐王にこだわることを今さらどうこう言いはしないが、お前は今の責務を果たせ。どうしても遠征部隊と動きたいなら、隊長の後任を育て、自らの地位を捨ててから話してこい。その時はいつでも歓迎してやるぞ」
「隊長の後任か~。第四部隊には骨のある奴が少ないからな。ドラグは隊長の力を持っているのに、前の戦いっぷりが情けなすぎてガッカリしたんだよ。性格だけならルルの方が何倍も隊長に向いてそうだ」
シアンは天井を見上げながら深くため息をつく。
そんな姿に、ロドフルは笑いが込み上げてきた。
「はっはっは、まだまだ課題は山積みだな。遠征部隊としてはお前みたいな奴は最高の人材だが、今はグロースも大変な時期だ。エレリオさんが失くなってしまってから、どこか部隊全体を不安が包み込んでいる。それだけに我々もルーイン戻るか否か、慎重に決めなければなるまい」
ロドフルが再びパンを口に運ぼうとした時、不穏な気配と同時に、異常な創遏を大量に感じとる。
それは、グロース本部の真上から急に現れたものであった。
「なっ?! 何だこの創遏は!?」
シアンとロドフルは咄嗟に立ち上がり、窓から勢い良く外に飛び出し空を見上げる。
そこには十数人の人間が浮いており、全員が白い神秘的なローブを身に纏い、それぞれがとてつもない創遏を放っていた。
「なんだあいつらは! こんなアホみたいに強大な創遏を持った奴らがどこから現れた?! さっきまで何も感じなかったぞ!」
シアンが剣を作り出し戦闘態勢に入ったが、ロドルフがシアンの前に立ち声をあげる。
「お前達は何者だ! ここがグロース本部と知って来たのか!?」
集団の最後尾にいた女性がロドルフの声に反応し、ゆっくりと最前列まで躍り出る。
他の者はその女性に向かい跪き、異様な空気をかもち出す。
美しい顔立ちに淡い桃色の髪を靡かせ、その瞳を緋色に染めた女性は、ナナそのものであった。
「私は大聖官セント=ステラ=ルールラ。今より人類を殲滅します」