第3話 地獄の業火
「な……グロースが跡形もない」
「何が起きているの……?」
グロース本部の消滅を口火に、今度は無数の赤細い光がセントレイスの街に降り注ぐ。
光が降り注いだ場所は、瞬く間に火の海へと変わっていく。
セントレイスから離れたこの場所にまで、人々の悲鳴が聞こえてくるような錯覚を感じる。
唖然と口を開いて立ち呆けるカイトとクスハに比べ、クロエは額から汗を垂らし焦りを見せていた。
「カイト、ティナはどこにいる」
「あっ……ティナさんはセントレイスに用事があるって……」
カイトが話を終える前に、クロエはその場を飛び出した。
一瞬で目の前からクロエが消えたと思えば、その勢いで暴風が吹き荒れる。
これ程に動揺をしたクロエを、カイトは見たことが無かった。
「俺もセントレイスに向かう! クスハはここに隠れているんだ!」
「嫌だ! 私も行く! グロースには私がお世話になっている人が沢山いる! それに、カイトにだけでも私の推測を話しておいたほうがいい」
そういってクスハはセントレイスに向かい走り出した。
後を追うカイトは、走りながらクスハの推測を尋ねる。
「クロエさんがいっていた『誘い歌』を使ったのは一体誰なんだ?」
「記憶が曖昧なカイトがどこまで理解できるか分からないけど、女神ステラの話は分かる?」
「あぁ、ステラはクスハの体を狙っている。だが、バンビーのお陰で過去に戻り、緋色目の呪いが解けたからもう大丈夫だろ?」
カイトの記憶がかなり変わっていることにクスハは目を見開いて驚いた。
「落ち着いて聞いてねカイト。カイトが過去に戻って緋色目の呪いを解いたのは、私のじゃなくてナナの呪いだよ」
「えっ……俺は確かにクスハの……」
「理解が追いつかないと思うけど話を続けるね。女神ステラは、オリジナルの遺志を持つナナの体を求めていた。緋色目の呪いを解呪してステラからの目を逃れたと思ったけど、何らかの方法でステラがナナと接触したんだと思う。ステラだったら四凰の歌を越える力を使えても不思議ではない。そしてそれが歌われたということは、既にナナの体はステラに奪われている……それに、それなら私だけが誘い歌の影響を受けていないのも何となく説明がつく。私の体にはステラの遺志を植え込まれているのだから」
クスハの推測に、カイトは言葉が無かった。
とんでもないことが起きているのは間違いない。
だがナナが誰なのか思い出せない以上、自分の記憶とクスハの記憶の違いがどうしても心のどこかに引っかかるのだ。
「……ナナ。俺は何を忘れてしまったんだ。頭の奥で呼び掛けてきた声は、一体何なんだよ」
「カイト、思い出せないなら今は目の前に集中するしかないよ。私も何が起きているのかまだ頭の中がついてこないけど、これだけは分かる。グロースを、セントレイスを襲っているのはきっと神々だ」
話を終えると、二人は走る足に力を込める。
クロエより何分か遅くセントレイスにたどり着いた二人は、その無残な街並みに目を疑った。
先の第七戦争から復旧が進んでいた街は、時を戻されたように崩壊し、人々は迫りくる業火から逃げ惑う。
焼きただれた死体がいくつも転がり、次々と焼け落ちる民家が辺りを火の海に変えていく。
人が焦げた悪臭が目と鼻を刺し、体を強い吐き気が襲った。
「痛い……痛いよ……」
激しい業火の中、どこからか聞こえてきたか弱い声に目を向けると、カイトは身の毛もよだつ寒気に包まれる。
そこには、五歳ほどの少女が倒れていた。
右手と右足は間接部から引きちぎれ、暴れ出る血液が辺りを赤く染めあげる。
必死に助けを求める少女の瞳は、すでに生気が失われかけていた。
「大丈夫! 助けにきたから! もう大丈夫だよ!」
クスハは少女を優しく抱きあげると、痛みが和らぐよう必死に回復法遏を唱える。
しかし、微弱な回復法遏で補えるような傷ではなく、少女の苦しみが収まることはなかった。
「ママ……マ……マ……」
少女は虚ろな瞳のまま息を引き取った。
死して尚、流血は止まることを知らない。
クスハは血だらけになりながらも、少女を力強く抱き締め涙する。
それを見たカイトは、怒りに身を震わせていた。
「いったい……一体なんでこんなことを」
カイトは怒りに身を任せたくなる気持ちを抑え、冷静に意識を集中する。
すると、いたるところから激しい創遏を感じとることができた。
強大な創遏はいくつもあり、一番近い場所では二つの創遏がぶつかり合っているような感覚を感じとる。
「俺は他の場所を見てくる! クスハは安全な場所に避難するんだ!」
そこでは確実に戦闘が行われていると確信したカイトは、クスハを置いて駆け出した。
(ごめんね。後でお墓を作るから、今はここで我慢してね)
クスハは少女を地面に寝かせ少しだけ祈りを捧げると、立ち上がり涙を拭き取った。
気持ちを切り替え、辺りを見渡すため高く積み上がった瓦礫の山に登り始める。
(私だけ逃げるなんていや。誰か、誰か救える人は……)
瓦礫の頂上にたどり着き辺りを見ると、切り替えた筈の心が一瞬で打ち砕かれる。
クスハの瓦礫の向こう側には、数十人はいるであろう小さな子供達が血塗れになり死んでいた。
この場所には孤児院があったのだ。
まともに襲撃の被害にあった子供達は、誰一人として生きておらず、先程死んでしまった少女もここの一人であった。
少女は死の間際、クスハの温もりを感じ、覚えていないであろう母を求めて死んでいったのである。
(こんな……こんなのって……)
あまりの惨劇に、クスハは涙すらでてこなかった。
ほんの数時間前は確かに平和な日常であったのに、一つの光とともにその全てが奪われる。
留まることを知らぬ業火が目の前を埋め尽くす。
まさにここは──地獄。
そしてそれは、まだ始まったばかりであった。




