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神喰らう歌が貴方を殺すまで  作者: ゆーたろー
第5章 神殺しの戦い
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第2話 記憶

 閑散とした光景に、クスハは呆然とした。

 何もない空き部屋は静けさに包まれ、そこに人が住んでいた痕跡は何も残ってはいない。


「あ……れ……? 私、部屋間違えちゃった?」


 開いた扉は紛れもなくナナの部屋であったが、目の前の状況を飲み込むことができなかった。


「なにしてるんだクスハ? そこはずっと空き部屋だよ」


 カイトがクスハの肩に手を当てると、彼女は少し震えていた。

 そのまま恐る恐る振り返ったクスハは、カイトの不思議そうに見つめる視線と目を合わせ疑問をなげかける。


「カイト……ナナは?」

「だから、さっきから何のことを言ってるんだよ? ナナ? そんな人はこの家にいないぞ?」


 カイトの発言に血の気が引いたクスハは、家中を駆け巡り扉を全て開いた。

 最後に開いた扉はクロエの部屋であり、騒々しい音に不機嫌なしかめっ面でクロエがベッドから体を起こす。


「なんだってんだ。クスハか? 朝からうるせーぞ……頭いてーんだよ」


 完全な二日酔いのクロエは、眉間を親指と中指で押さえながらクスハを睨みつけた。

 しかしそんな姿にお構い無く、クスハはクロエの肩を揺らしながら質問をする。


「クロエさん! ナナはどこにいますか?!」

「あぁ……? ナナ? 誰のことだ? おいカイト、こいつどうしたんだ?」


 クスハの言葉を理解できないクロエは、扉の前に立っていたカイトに質問で返す。

 それに対し、カイトも困った顔のままボソボソと返事をした。


「いや……俺にもさっぱり」


 あまりにも突拍子の無い表情をしているカイトに、クスハは怒りが沸き上がってくる。

 掴んでいたクロエの肩から手を離し、今度はカイトの肩を掴んで怒りを露にした。


「何の冗談なの?! ナナだよ?! カイトが守り人なんでしょ!! 何でナナが分からないの?!」


 真剣な顔つきでカイトを怒鳴るクスハに、カイトとクロエも流石に違和感を隠せなかった。


「俺が守り人……? 俺は修行中で、まだ守り人も決まっていない……はず」


 心当たりが全く無い話にカイトは困惑していると、突然頭に電気が走ったような痛みが響く。

 何も思い出せないのに、何故だか頭の奥から知らない女性の声で「助けて」と呼び掛けてきた気がした。


「ナナ……俺は何か、大切な人を忘れているのか……?」


 クスハはナナを思い出せる物が何かないかと辺りを見渡すが、関係していた物は全て消えている。

 まさに、その存在が世界から抹消されているようであった。

 しかしある物を思い出したクスハはカイトの部屋に駆け出すと、カイトの机の上に置いてあった小さな箱を見つける。


「カイト! これも覚えてない?! 私と二人で買いに行った指輪!」

「これは……俺は何でこの指輪を買ったんだ」

「何で思い出せないの!? ナナの誕生日だからって、二人で買いに行ったのに! 何でカイトが、一番ナナを想ってないといけないカイトが何でナナを思い出せないのよ!!」


 クスハは涙を浮かべながら、カイトの胸を何度も叩いた。

 後からゆっくりカイトの部屋に入って来たクロエは、腕を組ながら冷静に状況を把握する。


「これはクスハが間違っているんじゃなくて、俺達が何か可笑しいみたいだな。そのナナって子の存在が俺達の中から完全に消えている。クスハ、俺達以外にナナの名前を出して話をしたか?」


 ここにくる前、グロースでシアンと話したこと、そしてティナと話した時のことを思い出す。

 すると、今思えば疑問になる点がいくつかあった。


「そういえば……シアンはカイトとナナのところに行くといったら、何となく不思議そうにしていたかも。ここについた時も、ティナさんにカイト達が起きているか聞いたら、カイトとクロエさんの名前はすぐ出てきたけど、ナナの名前は全くでなかった」

「……そうか」


 クロエは部屋にあった椅子に腰掛け、少し前屈みになりながらクスハを見上げる。


「俺の推測だが、何者かによってナナって子の存在が無かったことにされている」

「何者かによってですか?! 誰が何のためにそんなことを?!」


 状況を理解できないカイトは、両手を広げ困惑した顔でクロエの話に食いついた。


「古い書物で見たことがあるのだが、神話の戦いで神が歌った禁忌の歌の一つに『いざない歌』というものがあったはずだ。その歌の力は四凰の歌を上回り、聞いた者の存在を世界から抹消することができたという。今起きている現象がまさにそれと同じだ。何故クスハだけがその影響を受けていないのか分からないがな」


 クロエがクスハに目を向けると、その小さな体は恐怖に震え、顔は真っ青に染まっている。

 何とか平静を保っていられたのは、それに気がついたカイトが真っ先にクスハの手を握って安心させてくれたからである。


「一体誰がそんな歌を。それに何のために?」

「それは俺にも分からん」


 困惑するカイトとクロエに対し、記憶の残るクスハは全てを理解した。


「私には、誰が何のためにやったのか分かります。そして……それが真実なら、既に事態は取り返しがつかないことになっているかも」

「クスハ、お前が推測する範囲でいいから俺達に教えてくれ。この世界で何が起きようとしている?」


 クロエがクスハに答えを求めた時、事態は急変する。

 窓から強烈な光が射し込んできたかと思うと、同時に天まで響く轟音が鳴り響き、大地を穿つほどの地震がカイト達に襲いかかった。


「なんだ?! こんな大地震、今まで一度も経験したことないぞ!」


 家ごと揺さぶられ、カイトとクスハはその場に身を屈める。

 クロエはその振動を意ともせず窓から外に飛び出し、辺りを見渡した。


「な……何が起きている……」


 クロエがセントレイスに目を向けると、巨大な光の柱がグロース本部を包み込んでいた。

 振動が収まると同時に光が空へと昇り、そこに現れた景色に目を疑う。


「クロエさん! 何が起きているのですか?!」


 カイトはクスハを抱き抱え、少し遅れて家の外に飛び出した。

 そして、目に写る世界に驚愕する。


 セントレイスの象徴であり、何百年もの間セントレイスを守り続けてきたグロース本部が、跡形もなく消滅していたのである。

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