第1話 変わりゆく日常
「ん~……さむ~い」
穏やかな朝日が窓から差し込み、少し肌寒い冷気に体を震わせながら布団に身をくるむ。
段々と冬の訪れを実感しながら少し布団の中で無心になった後、眠気眼に活を入れ何とか体を起こすことに成功した。
「今日もいい天気」
寝癖しらずのサラサラな青髪を揺らがせながら空を見つめると、その爽やかな日差しに自然と笑みがこぼれた。
顔を洗い歯を磨き、いつも朝食で食べているヨーグルトとフルーツを頬張りながら今日一日をどう過ごすかをにやけながら考える。
「今日もカイトとナナの所に遊びに行こっかな~」
朝食を終えると、鼻歌を口ずさみながら髪を束ね艶やかな首もとをさらけだす。
柔らかな唇にリップを塗って潤いを与え、色気を身につけた。
クローゼットを開け、何種類もある服の中からお気に入りの少し丈が長いワンピースを取り出す。
下着が見えるか見えないかといった何とも誘惑的な服装に着替えると、小悪魔のような微笑みを鏡に写しポーズを決める。
「今日は寒さを我慢して、このセクシーボディーでカイトにアタックしちゃうからね」
一人で高揚したクスハは、部屋の扉を開けてカイト達の元を目指した。
「おう、クスハ。何してるんだ?」
部屋を出て少し歩くと、第四部隊専用の屯所前に立っていたシアンが声をかけてきた。
彼女は保護されてからずっと、グロースの客間で生活を行っている。
おかげでグロースの隊員達とはかなり仲良くなっており、特に世話役として担当についているシアンとはずいぶん打ち解けていた。
シアンは初め、どこの誰か分からない女の世話役を任せられ文句を吐き散らしていた。
しかし、強気で前衛的なクスハの性格と自分の性格が意外にもマッチし、今では進んでクスハのことを気にかけるようになっている。
世話役を指示したラヴァルも、シアンの独りよがりな性格が変わればと思っていた。
それがあまりにも効果的であったため、現在はクスハの守り人に任命するか考えている。
「今からカイトとナナのとこに行ってくる! シアンもたまには一緒にくる?」
シアンは少しだけ不思議そうな顔をし固まったが、少し鼻で笑ったあと、無言で手を振りながら去っていった。
「もう、相変わらず付き合い悪い。そんなんだからガキって言われるんだよ~」
聞こえるようにわざと大きな声で悪態をついたクスハは、そのままスキップをしながらセントレイスの街に出た。
「クスハちゃん、相変わらず美人だね」
「あら、クスハちゃんおはよう。今日はいい果物があるよ? 見ていくかい?」
その美貌と明るさで、すっかり街でも人気者になっていたクスハは色々な人々に声をかけられる。
毎日のことではあったが、今日は何だかいつもよりも多く話しかけられるような気がした。
「おじ様、おはようございます! おば様、また後で伺いますね!」
孤独に生きてきたクスハは色々な人々と話せる当たり前がとても新鮮であった。
そして、その日常が心に空いていた負の穴を埋めてくれる実感に幸福を感じていた。
「姉さんと一緒にこんな日を過ごせたら……もっと楽しかったんだろうな」
たまに出てしまう悲観的な感情に胸を痛めるが、首を横に振り目を見開く。
「ダメダメ、私が姉さんの分までしっかり生きなきゃ。こんな顔してたら姉さんに怒られちゃう」
独り言を呟きながら前を向くと、気づけばカイト達の家が見えてきた。
軽く自分の頬を叩き叱咤し、再び笑顔を作り機上を演技する。
無理矢理明るくしているわけではないが、落ち込む姿をカイトにだけは見られたくなかった。
玄関の前にたどりつくと、背筋を伸ばし大声を出す準備にとりかかり、一つ深呼吸をして気合いを入れる。
「みんなー!! おっはよー!!」
クスハの大声によって家全体が揺れたかと思う錯覚にとらわれる。
すぐにガタッと玄関が開くと、ティナが笑いながら外に出てきた。
「クスハちゃん、おはよう。相変わらず元気一杯ね」
「ティナさん! おはようございます! カイト達起きてます?」
「カイト君は今の声で起きたと思うわ。クロエは二日酔いで寝込んでるから、あれくらいじゃ起きないかもしれないけど」
クスハとティナは顔を合わせて笑った。
そのまま家に入るように促され居間の椅子に座ると、ティナがすぐさま暖かいコーヒーを机に運ぶ。
「クロエさんを起こせるくらいの大声を練習しておきます。ナナは……」
会話の続きを楽しむように話していると、それを遮るように奥からカイトが現れた。
「クスハ、朝からビックリさせるなよ~」
寝癖でボサボサな髪を掻き分けながら椅子に座ると、あくびをしながら目を擦る。
小さい子供のような行動にクスハの乙女心は鷲掴みされ、自然と口元がニヤけてしまう。
「カイト、おはよ!」
「カイト君、おはよう」
同時に挨拶をする二人に、カイトも机に顔を擦りながら返事をする。
「おはよ~ございます」
最近はクロエとの修行がかなりハードになってきており、朝は死人のようにぐったりなカイトである。
見かねたクスハがカイトの頭を撫でると、恥ずかしそうに顔を起こし目をそらす。
「やっ、やめろよ! 子供じゃないんだぞ!」
「なに言ってるの? 子供そのものじゃ~ん」
微笑ましい馴れ合いを見せつけられたティナは、カイトの分のコーヒーを用意して玄関に向かう。
「カイト君、少しセントレイスに用事があるから私はもう行くね。クロエが起きたらそこのスープ暖めてだしてあげて」
「分かりました」
二人きりになったクスハは、早速カイトの横に移動し上目遣いで色気をアピールする。
「ね~ね~、今日の格好どう~?」
白く美しい太ももをワンピースからちらつかせ、クネクネと足を擦り合わせながら自分の魅力を最大の武器にして攻め立てる。
「な……可愛いとは思うけど」
顔を赤くしながらそっぽを向くカイトに、クスハの欲望は爆発寸前だ。
何よりも、いつもなら可愛いなんていってくれないので珍しく誉めてくれたことに気分は最高潮である。
思わずカイトの腕を抱き締めたクスハは、同時に辺りを見渡した。
「こんなのナナに見られたら怒鳴られちゃうね」
クスハの挙動を不思議そうにカイトは見つめた。
「何をキョロキョロしてるんだ?」
「何をって……ナナに見られてないかなって?」
カイトが赤く染めていた顔を元に戻すと、首を傾げながら疑問を問いかける。
「一体何を言ってるんだ? ナナ?」
「な~に? もしかしてまたナナと喧嘩してるの? そんな態度してたら仲直りできないよ?」
クスハは立ち上がり、ナナの部屋の前に立ってコンコンと扉を叩く。
「ナナ~? おはよ~! まだ寝てるの?」
一人扉の前でナナを呼ぶクスハであったが、部屋からは何の返事もなかった。
「クスハ? 何してるんだ?」
カイトが不思議そうにクスハの肩に手を当てるが、クスハはお構い無しにドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開く。
「ナナ! 入るからねー! むしろ入っちゃったからね……」
クスハがナナの部屋を覗き込むと、そこは何もない空き部屋であった。




