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神喰らう歌が貴方を殺すまで  作者: ゆーたろー
第4章 神々の再臨
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第26話 最後の声

「カイト君、遅いね」


 夕方には帰るといっていたカイトの帰りが遅く、仕方なく先に夕食を始める。

 一人ソワソワと落ち着かない様子のナナに、ティナは何と言えばいいか分からず困っていた。


「そのうち帰ってくるだろ? 戦場に行っているわけじゃないんだ。気にしすぎだぞ」


 クロエは酒を飲みながら呑気に考えている。

 確かに戦場で戦っているわけではないが、クスハと二人きりで帰りが遅いのは、ナナにとってある意味それ以上に危険なことであった。


 夕食を終え、後片付けをしていた時、ガタンと扉が開く。

 その音に敏感に反応したナナが振り返ると、そこには小さな買い物袋をぶら下げたカイトが立っていた。


「ただいま。ごめん、遅くなった」

「カイト! 何してたの?!」


 やっと帰宅したカイトにナナは勢いよく詰め寄ると、口を膨らませ眉間にシワを寄せる。


「おっ、おう。ごめんって」


 あまりの勢いに圧倒されたカイトは、もう一度謝ったが、それだけではナナの機嫌が戻りはしなかった。


「クスハと何してたの?! 夕方には帰るっていってたじゃない!」


 いつになく嫉妬心を剥き出しにするナナに、カイトは落ち着いて説明をする。


「買い物が遅くなったから、クスハと夕食を済ませてグロースまで送っていってたんだよ」

「ホントに?! それだけなの? 何をそんな買い物してたの?!」


 迫ってくるナナから見えないよう、カイトは右手に持っていた小さな買い物袋を体の後ろに隠した。


「何をそんな怒ってるんだよ!」

「あっ! 何を隠したの?! 私に言えないことなの?!」


 隠した買い物袋を無理矢理取ろうとしたナナに、カイトが思わず声を荒げ、手を振り払う。


「何するんだよ! 何だっていいだろ! ほっといてくれよ! ナナには関係ないだろ!」


 それはいってはいけないと、クロエとティナが後ろで呆れていた。

 カイトの突き放す言葉にナナは一瞬固まり、プルプルと震えながら涙を浮かべ、走って自分の部屋に行ってしまう。


「あっ」


 咄嗟にカイトは手を伸ばしたが、ナナにその手は届かなかった。


「カイト、確かに今のはナナも悪いが、あんな風にいったらそりゃ怒るぞ?」

「分かっています……分かっていますよ」


 カイトは買い物袋を握りしめ、そのまま自分の部屋に行ってしまった。

 クロエとティナは目を合わせ、はぁっとため息をついて肩を落とす。


「この夫婦喧嘩は長引きそうだな……」



 ナナはベッドの上で蹲り、枕に顔を埋めながら泣いていた。


(何よ……カイトのバカ! 変態! クスハにデレデレしちゃって! そんなにクスハがいいなら、私の守り人なんてやめちゃえばいいのに!)


 守り人。

 その言葉がナナにのしかかっていた。


(守り人……カイトがクスハの守り人……嫌だ。カイトが……カイトが取られちゃう……)


 想えば想うほど、心が締めつけられる。

 カイトが好きで、好きでたまらない。

 一緒に時間を過ごすほど、どんどんカイトが好きになっている自分がいた。


(クスハは好き……でも、カイトは私の傍にいてほしい。私、どうすればいいの)


 カイトに対する愛情と、クスハに対する友情が激しく葛藤する。

 どちらも失いたくないといった強欲に、気づけばナナは疲れてそのまま眠ってしまった。



(はぁ……たくっ、何なんだよさっきのナナは。ちょっと遅くなっただけじゃないか)


 カイトはベッドに横たわりながら天井を見上げていた。


(せっかく、選んだのに……確かに、悩みすぎて時間がかかったけどさ)


 買い物袋を手に取り袋から出すと、お洒落にラッピングされた小さな箱が出てくる。

 その箱を見つめしばらく考えた後、カイトは小さくため息をついた。


(はぁ……後でナナの所に行こう)


 冷静さを取り戻すため、カイトは目を閉じて少し眠りについた。





『……い……で』




『お……い……で』




『こっちに……おいで』



 ナナは、呼ばれる声に目を開けた。


「ここは、どこ?」


 少し冷たい感覚が頬に伝う。

 体をゆっくり起こすと、自分が森の中に寝そべっていたことが分かった。


「私、確か部屋で寝ちゃって……何でこんな場所に?」


 不気味なまでに静かな木々に囲まれ、ナナを恐怖心が包み込む。


「カイト? ティナさん? クロエさん? 誰かいないの?」


 小さな声で名前を呼ぶが返事はなく、辺りに人の気配を感じなかった。


「夢……の中?」


 小動物のようにキョロキョロと辺りを見渡し、軽く自分の頬をつねってみた。


「……痛い」


 痛みを感じる。

 夢ではないのかと考えていると、どこからか人を惹きつける優しい歌声が聞こえてきた。


「歌? 綺麗な歌声。ティナさん……じゃない。一体誰が歌っているの?」


 歌声に導かれるように体が自然と動き出す。

 声を追い求めるよう足早に歩くと、気づけば見覚えのある泉にたどり着いた。


「ここは……歌姫の泉」


 緋色目になった時の出来事が頭を過る。

 恐怖で体が震えだした時、目の前の光景がその恐怖を打ち消した。


 泉の上に立って歌う女性。

 長い黒髪がそよ風に舞い、細く伸びた白い素足に纏わりつくシルクのベールが、魅惑な色気を引き出している。


 女性がナナに気づくと、歌をやめて静かにナナの隣へと寄ってきた。


「会いたかった……会いたかった……」


 嘗めるように手でナナの顔を撫でると、緋色の両目でナナの瞳を覗き込む。

 女性と目が合った瞬間、体が硬直し動けなくなったナナは、その美しい緋色の瞳に心を奪われていた。


「私の最愛の子……私の体……」


 直感でこの女性が誰かを理解したナナは、必死に口を動かして言葉を発する。


「あ……なたが、ス……テラ」


 事を理解したナナに、ステラは不気味な笑みを返す。

 その目は、最愛の子供を見守る母のように暖かく。

 そして、獲物を狩る猛獣のように鋭い視線であった。


「貴方の体……私が求めていたもの……」

「そ……んな。私の……呪いは……消えたはず」


 ナナの髪の毛を擦り、額に口づけをするステラ。

 それと同時にナナの両目が緋色に染まり、再び恐怖で体が震えだす。


「大丈夫……誘い歌が全て消してくれる……貴方の存在を……生きてきた痕跡も……」


 ステラが膨大な創遏を身に纏い、歌い始めた。

 それは先程の優しい音色ではなく、とても冷たい、とても苦しい歌声であった。


「い……や……私に……入ってこないで……いや、嫌だ」


 体に異変を感じたナナは、涙を流しながら必死に抵抗する。

 しかし、強大な力に拘束され、なす統べなく心を奪われていく。


 ゆっくりとステラの体がナナの中に溶け込んでいき、意識が遠退いていく。

 それでも必死にナナは声をあげた。


「嫌だ! カイト……助けて、カイト!! カイトー!!」


 ナナが最後に振り絞った声は、誰にも届くことなく孤独に響きわたる。

 そのまま二人の体は泉に消え、森は再び静寂の時に支配された。



 第4章 完

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