第24話 集う神々
部屋に飛び込んできたカイトに、三人は目を見開いた。
突然すごい勢いで扉が開いたからなのは勿論だが、何より入ってきたカイトの顔つきがボロボロだったことに驚いたのである。
「ナナ……良かった……」
弱々しい声で呟いたカイトは、その場に膝を崩し涙をこぼす。
「この様子、ナナの瞳が急に黒へ戻ったことと何か関係しているんだな?」
察しの良いクロエは、カイトの感情の荒ぶりを見て誰よりも先に事態を把握する。
ナナはその場に座り、カイトの頬に優しく手を添え流れる涙を拭ってから話しかけた。
「カイト、何があったの? 私の目の色が戻ったこと、カイトが関係しているの?」
カイトは思わずナナを抱き寄せ、溢れる涙をナナの肩に擦りつけながら口を開く。
「俺……俺が殺してしまった……守ろうと思った。でも俺が戦ったから、みんな、死んでしまった」
これ程までに泣きながら断片的に言葉を発するカイトの姿は、ナナも今まで見たことがなかった。
それ程に辛いことがあったのだと理解したナナは、そのまま優しくカイトの頭を撫で、赤子をあやすように優しく微笑みかける。
「大丈夫……大丈夫だよ。私はここにいるから、安心してカイト」
そのまま少し涙を流し、落ち着きを取り戻したカイトは、クロエに促されて椅子に座った。
ティナが夕食の残りであったスープを温めカイトに差し出すと、一口飲んでから小さなため息をつく。
「カイト君、いったい何があったか説明できる?」
ティナとクロエは向き合うように椅子に座り、ナナはカイトに寄り添うように隣へ座った。
「俺、過去にいってきました」
カイトはバンビーと出会い、過去に戻り、パーミリアと戦い、それが原因で第五戦争の引き金を引いていた事実を三人に話す。
「それでナナの目が黒に戻ったのか。そして、お前は過去の真実を知って自分を見失いかけているんだな」
クロエはカイトの言葉を全く疑うことをしなかった。
明らかなカイトの精神不安、最近の神が関係している出来事、これだけあれば過去に戻ったなんて馬鹿げた話も素直に納得できる。
ティナはカイトの心境に、自分も心が痛んだ。
家族、友人、愛する人、大切な人達を救いたいと思い行動した結果が、逆に悲劇を生み出してしまった。
もしも自分がカイトの立場だったら、そう思うと涙が汲み上げてくる。
「カイト。ありがとう」
暗く重たい空気を動かしたのは、突然のナナからの感謝であった。
「俺は……俺が、みんなを殺したんだぞ? ナナの家族も俺が……」
「違うよ」
自分を非難しようとするカイトの口をナナは指で押さえて言葉を遮り、首を数回横に振ってから泣き出しそうな顔で笑ってみせた。
「カイト……私、自分の目が緋色になった時、本当に怖かった。もう、どうしていいか分からなくなって……死んで、しまい、たいって……」
ナナは込み上げてくる感情を抑えきれず、笑顔のまま涙を流す。
「私が、辛いとき……クスハが支えてくれた。ティナさんや、クロエさんが、傍いてくれた。カイトが辛い過去と戦って、私を救ってくれた……」
「違う……俺は……何もできなか……」
「違わない!! カイトがどれだけ自分を追い詰めて否定しても、私はカイトのことを知っている!! あなたがあの日私を助けてくれたから、私は生きているの! あの日、あなたが戦ってくれたから、私は今を生きているの」
黒く澄んだ美しい瞳が、カイトの心に安らぎを与える。
自分以上に自分を分かろうとしてくれている人がいること、それがどれ程に幸せかと気づかされた。
「ナナ……ありがとう……」
カイトはナナを優しく抱き寄せ、二人はそのまま肩を震わせ涙を流す。
「これ以上はお邪魔だな」
ティナとクロエは席を立ち、少し微笑みながら部屋に戻っていった。
二人きりになったカイトとナナは見つめ合い、そのまま一度だけ優しく唇を合わせ、しばらく身を合わせていた。
──歌姫の泉。
時を同じく、六人の人物が歌姫の泉を囲うように膝まづき、異様な雰囲気を漂わせていた。
その中にはマールの姿もあり、何かを待っているかのように歌姫の泉を見つめている。
「六聖は全員揃ったみたいだな。後はあの馬鹿男だけか」
六聖と呼ばれた六人の上空から降りてきたのは、神聖グラディ=バン=ブロスであった。
「俺のこと呼んだ~? グラディちゃん?」
グラディが泉の前に降り立つと同じく、バンビーが後方の木々を縫って歩いてくる。
頭の後ろで両手を組み、やる気のなさそうに歩く姿を見て、グラディの眉間にうっすらと筋が浮かんだ。
「バンビー、メルの遺志にくだらんことを仕掛けただろう? 何のつもりだ?」
バンビーはニヤニヤと笑いながら、とぼけ顔で答えを返す。
「なんのことかな~? 俺にはサッパリ、いや~分かんないな~?」
舐めきった態度にグラディは剣を構え、爆発的に高めた創遏を撒き散らしながらバンビーに詰め寄った。
「ステラ様の御前だぞ。そのふざけた口を首から斬り落としてやろうか?」
グラディがそのまま剣を振り上げ、容赦なく振り下ろそうとした時、泉から光が放たれる。
「やめなさい、グラディ」
光と共に女性が現れた。
漆黒に染まった長い髪を揺らがせ、透き通る白い肌に薄いシルクのような布を巻きつけている。
その美しさに、光が自然と集まり煌めきを放つ。
「ステラ様、失礼いたしました」
先程まで凄まじい殺気を放っていたグラディが、ステラと呼んだ女性に向かい膝を突く。
女性は次にバンビーを見ながら口を開いた。
「バンビー、あなたも勝手が過ぎますよ」
緋色に染まった両目がバンビーを冷たく睨む。
しかし、その視線に屈することなくバンビーは欠伸をしながら返事をした。
「お嬢~、俺は好きにやるっていつも言ってるでしょ?」
「まったく、貴方には困ったものです」
グラディが立ち上がり、バンビーをひと睨みした後、ステラに話しかける。
「ステラ様、お体はどうですか? やはり実体がないと力はでませんでしょうか?」
ステラは自分の腕をさすり、体を確かめた。
「そうね、今のままでは大聖官としての力とは程遠い。やはり体が必要ですね」
「申し訳ありません。私が至急、器の用意をしてまいります」
「いえ、グラディ。あなたが行く必要はありません。あなた達は聖戦の準備を始めなさい」
ステラは瞳を閉じ、意識を集中する。
すると、何かを感じとったのか、少し微笑んだあとゆっくりと姿を泉に消した。




