第9話 歌姫の素質
ティナとの圧倒的な実力差を体感して、カイトは興奮が抑えられずにいた。
カイトにとってティナは歌姫。
その固定的なイメージは、良い意味で一気に覆された。
「ティナさんがこんなに強かったなんて」
「あら、私ってやっぱり弱そうに見える?」
「すみません。普段は歌っている姿しか見たことがなかったので、凄いか弱いイメージが……」
カイトの言葉に、ティナは口を軽く押さえて笑顔を見せる。
「そうだよね。でもね、歌姫になるには歌に大量の創遏を乗せて歌い続けないといけないから、歴代の歌姫も実力者が多かったみたいよ」
「そうなんですね」
納得はしたものの、カイトとナナは意外だといわんばかりに顔をしかめていた。
「それだけの強さなのに、やっぱり守り人は必要なのですか?」
「そうね。キルネの師団長以上になると、クロエ並みの強さの人もいるかもしれないからね。やっぱり守り人は必要だと思うわ」
「そんな奴らが敵にもいるのですね……」
「ちなみに、私の親友のリリーも隊長クラスの実力者よ」
ナナがリリーと聞きすかさず話に割って入る。
「リリーっていったら、まさか弐姫のリリー=ミルシアさんですか?!」
「そうよ。世間は私とリリーを弐姫と呼ぶけど、私からしたら彼女の方が私よりずっと歌も凄いよ」
それを聞いたナナは、モジモジしながらもここぞとばかりに自分の願望をティナにぶつけてみることにした。
「あの~……できればでいいんですけど。今度リリーさんとも会ってみたいな~……なんていってみたりして」
「いいわよ! 今度女子だけでご飯でも行きましょう!」
「やったぁーー!! 絶対ですよ!」
女子会の話で盛り上がるティナとナナ。
そんな二人を見て、カイトはどことなく孤独を感じていた。
「そういえば、カイト君とナナちゃんは今日から何処に泊まるの?」
「あ~……そういえばその辺は行き当たりばったりで何も考えてなかったです」
「よし、それじゃあしばらくは私とクロエの家に泊まりなさい」
「えっ?! いいんですか?!」
「もちろん! その代わりに家事は手伝ってもらうよ」
「はいっ! ありがとうございます!」
「じゃあ今日はゆっくりして、明日から本格的に修行に入りましょうか」
クロエとティナの家にしばらく泊まることが決まり、あまり使っていなかった二つの物置部屋を、ティナは手際よく二人の部屋に模様替えをした。
そのまま時間は過ぎ、日は沈み月が顔を出してきた。
空はすっかり暗くなったというのに、クロエは未だに帰ってこない。
カイトとナナとティナは、三人で夕ご飯の準備に取り掛かっていた。
「クロエさんはいつも何時くらいに帰ってくるのですか?」
「ん~いつも気分だからね。多分近くにはいると思うけど、その辺でお酒飲んで寝ているんじゃない?」
「そんな感じですか。やっぱり俺とは才能から違うんですよね。俺の勝手なイメージでは、日頃からもの凄い鍛錬をしているのだと思っていました」
カイトの軽率な言葉を、ティナはすぐに否定する。
「ん~、そうかな? 勿論才能だって大切だけど、努力だって大切よ。私はクロエを昔から見てきているから色々分かっているわ」
「そうですか……」
「カイト君だって頑張れば強くなれるよ! それにナナちゃんもなかなか良いものをもっていそうね」
「私がですか? ティナさんにそんなこといわれたら照れます」
「良かったらナナちゃんは私の歌の練習に付き合ってくれない?」
「是非!!」
ナナは背を伸ばし即答した。
「よし、じゃあご飯を食べたら私と花畑で特訓よ!」
「はいっ!」
夢のような展開に、ナナの目はキラキラと輝いている。
二人の会話に、カイトは置いてきぼりにされていた。
「あの、俺はどうすれば?」
「カイト君は明日の朝から修行をするから、それまでは自由時間かな」
「……分かりました」
食事が終わり、ティナとナナは楽しそうに花畑へと行ってしまう。
やることがなくなってしまったカイトは、時計を見つめながら腰を上げる。
(さて。寝るには早いし、少し剣でも振ってくるかな)
家の裏で素振りをしながら、カイトは不安を感じていた。
(それにしても、ティナさんはナナと盛り上がっていて……こっちの修行もちゃんとやってくれるのだろうか?)
一人疑問になりながら黙々と剣を振っていた。
──その時である。
カイトのすぐ近くで雷が落ちたような衝撃と轟音が鳴り響く。
(これは?! コンサートの時にあった衝撃と同じだ! まさかティナさんとナナのところにルーインの奴らが?!)
嫌な直感が脳裏を過り、カイトは慌てて花畑へと走った。
花畑につくと、結界を張ってナナを守っているティナ、その前方にはすでにクロエが助けに来ていた。
そしてクロエの向かいにはコンサートの時に現れたルーインの男が立っている。
「ティナを襲いに来るとはいい度胸じゃねーか」
クロエが男に話しかけると、男は一つ深いため息を吐く。
「いやはや、私は本当に運が悪い。いい歌声が聞こえたのでやってきたら、また弐王がいるとは」
「貴様らはティナの歌声くらいすぐに判別できるだろ?」
「私が聞いたのは、その後ろにいる彼女の歌声だ」
男が指差した先にいたのはナナであった。
「私の? なんで私の歌声なんかに……」
「彼女の歌声には素晴らしい素質がある。この力は是非ともルーインで活用するべきだ。すでに、ティナ=ファミリアはその子の才能に気づいているのではないか?」
「私がナナちゃんの才能に気づいていようがいまいが、あなた達には関係ないでしょ」
結論の出ない話と判断したのか、クロエは創遏を高めて臨戦態勢に入る。
そのまま右手に創遏を集中すると、自分の身長よりも長い剣を作り出した。
刃渡りが二メートル近くあるその刀身は漆黒に艶光りし、一般的な両刃の剣とは違い、片側にのみ鋭い刃を宿す。
刀と呼ばれるそのフォルムは、弐王クロエが最も得意とする武器であり、彼を象徴するものでもあった。
「ティナがこの子を気に入っているみたいなんでな」
「いちおう自己紹介しておきましょう。私はキルネ第七師団長のシフと申します。この前は退きましたが、今回は殺るとしましょうか」
クロエの臨戦態勢を確認すると、次は男が創遏を高め、剣を作り戦闘態勢に入る。
「笑わせてくれるな。お前じゃ殺れねぇよ」
クロエが一気に創遏を高めると、周囲の空気が急激に重くなる。
ティナの結界に守られているナナは平気そうだが、クロエの高まった創遏をもろに受けたカイトは、その強大な圧力に耐えきれず膝が地に落ちた。
(なんだよ……この創遏のデカさは。圧力が強すぎて、動くどころか立ってもいられない……)
カイトの意識が次第に遠のき、そのまま視線を落した瞬間、クロエとシフの剣がぶつかり合う。
その衝撃で発生した風圧にカイトは吹き飛ばされ、地を無様に転がり回る。
シフも後方に吹き飛ばされたが、咄嗟に剣を地面に突き刺して体を地に固定した。
「ぐ……さすが弐王ですね。一撃の重さが凄まじい。この創遏の厚みはルーインでも味わったことがない」
シフは一回のやり取りでクロエとの実力差がかなりあることを悟った。
「こんな奴の相手をしていては命がいくつあっても足りないですね。やっぱり帰るとしますか」
先程の威勢はどこにいったのか、戦いが始まったばかりなのにシフは早々に逃げ出そうとする。
「おいおい、師団長のくせにまた逃げるつもりか?」
剣に創遏を乗せ、逃げようとするシフに向かいクロエは斬撃を飛ばす。
軽く放った斬撃は周囲の空気を纏うと、鎌鼬のようにシフへ襲い掛かった。
「ぐぉ……こんなもの……」
クロエの斬撃を正面から受けきるも、強烈な衝撃にシフが思わず怯みを見せる。
その隙を逃さずクロエが追い討ちを仕掛けた。
しかし、クロエの鋭い追い討ちをシフはギリギリのところで防御する。
「やってられませんね、これほどの実力差があるとは。私は負けが分かっている馬鹿な戦いは嫌いなのですよ。さようなら」
急に黒い煙幕を作り出し視界を奪った瞬間、シフは次元の狭間に消えていく。
「ふん、歯ごたえのない奴だな。大丈夫かティナ?」
ティナを心配するクロエであったが、ティナは真っ先にカイトに目を配った。
「私は大丈夫だけどカイト君が!!」
クロエの創遏に耐えきれず、カイトは意識が朦朧としたまま倒れていた。
「たく、とりあえず家に帰るぞ」
しぶしぶクロエはカイトを肩で担ぎ、そのまま家路を目指す。
ナナが心配そうに顔を覗き込むと、カイトは担がれたまま力尽きたように眠りについていた。




