第21話 剥奪された神人
「バンビー……いつもあいつが私の邪魔をする。未来を予知できた私が邪魔なんだ……」
パーミリアは怒りに震えながらブツブツと独り言を呟いていた。
ゆっくりと距離を詰め、カイトはいつでも攻撃ができるように気を張り続ける。
「俺はお前を止めに来た。お前が俺の大切な人を陥れたきっかけを作ったんだ」
「陥れた? それはバンビーが言ったのか?」
カイトが想像する神とは、神々しく聖なる力を持っている者であった。
しかし、目の前に立っている男から感じる印象は、禍々しく強い殺気を纏った獣そのものだ。
「全ては異物である貴様のせいだ。貴様がこなければ……バンビー、あいつだけは許さない……」
パーミリアの口から出るのは、バンビーに対する私怨ばかりである。
「お前はさっきからバンビーのことばかりだな。同じ神なんだろ?! お前とバンビーに何があったんだ!」
「あいつと同じ神? あんな外道と一緒にするな」
カイトの言葉に苛立つパーミリアは、ブツブツと呟くようバンビーとの関係を話し出した。
その昔、パーミリアとバンビーは同じ六聖の称号を携えていた。
未来の神と過去の神、時空を司る対極の神は思考も真逆である。
パーミリアを毛嫌いしていたバンビーに比べ、元々パーミリアはバンビーに尊敬の意をもっていた。
しかしある日のこと。
未来を見ることができる能力により、バンビーが何をしようとしているか見てしまったパーミリアは、バンビーを呼び出した。
その欲望を知ったパーミリアがバンビーに真意を尋ねた。
その厄介な未来視の能力に危機感を感じたバンビーは、過去に戻りパーミリアを不意打ちする。
神の能力の源である十字の刻印をズタズタに引き裂き、固定能力を剥奪したのである。
それがきっかけにより力を失ったパーミリアは、六聖の称号を失う。
今は神人となり、ステラの器を探すためだけの存在となった。
「お前はバンビーが何をしようとしているか分かっているのか? あの男がどれだけ欲深いか分かっているのか?」
パーミリアの言葉にカイトも気にかかるものがあったが、今はそれどころではなかった。
ナナの緋色目を何とかしたい、そのためには何でもする。
それが信頼できない者の言葉であろうが、今のカイトにとってそれはどうでも良いことであった。
「お前の言葉に興味はない! お前がナナに何かした、今ここにお前がいることが何よりの証拠だ!」
パーミリアの言葉に耳を貸すことをやめたカイトは、握っていた剣に再び力を込める。
額から垂れた汗が地面へと落ちた瞬間、カイトはパーミリアに飛び込んだ。
神の目も欺く神速で懐にもぐりこんだカイトは、躊躇うことなく胸に向かって剣を突きつけた。
予想以上の速さにパーミリアは目を見開き、咄嗟に上半身を後ろに捻り攻撃を躱すと、瞬間移動のように姿を一瞬消して後方に距離をとる。
「流石はメル様の遺志を持つ者だ……」
パーミリアは両手を空に向かい突き上げる。
そのまま創遏を解放すると、自分の周りに百を越える数の傀儡を作り出す。
木のようなもので作られた傀儡は、大人の男性と同じくらいの大きさがあり、それぞれにパーミリアの創遏が練りこまれていた。
「我がしもべ達よ……この異物に天罰を下せ」
パーミリアが合図を出すと、カイトを無視して傀儡は一斉に村へ向かって襲撃を始めた。
「なっ!! 貴様!!」
傀儡の行動に気を取られたカイトの隙を見逃さなかったパーミリアは、瞬時にカイトの後ろに回り込み小刀で腹部を突き立てた。
「ぐぅ……」
咄嗟にパーミリアを蹴り飛ばしたが、小刀はしっかりとカイトの横腹を貫いており、血が噴水のように噴き出してくる。
唇を噛み締め、激痛で飛びそうになった意識を呼び覚ますと、傷口に左手を当て創遏を集中しなんとか止血してみせた。
「くそ……俺を無視して村に攻撃するなんて」
痛みを堪え、カイトは村に襲いかかる傀儡を追いかけるように駆け出そうとした。
しかし、パーミリアが間に入ってその動きを阻止する。
「貴様が今やられて一番困るのは、村を攻撃することだろう? 私はそれをしたまでのことだ」
傀儡が村に向かって一斉に炎を放つ。
百を超える数の炎球は、瞬く間に村を火の海に変えていく。
村からは悲鳴が飛び交い、先程までの静けさが嘘みたいに人々は逃げ惑う。
「やめろぉぉおぉぉーー!!」
目の前で故郷が燃えていくのを目の当たりにし、カイトの怒りが爆発する。
体の底から溢れ出る王創に真創具が共鳴し、淡く光を放つ。
しかし、焦るカイトは真創具の変化に気がつくことができなかった。
(このままじゃ、このままじゃあの時のままだ!!)
怒りを活力に変換し、怒涛の勢いでパーミリアに斬りかかる。
初めはカイトの凄まじい攻撃をいなしていたが、数え切れない程の斬撃に、パーミリアは次第に攻撃を捌ききれなくなっていく。
「こいつ……! これ程までに力を秘めているのか!」
あまりの気迫に押されたパーミリアは、瞬時に距離をとり、両手を突き出して詠唱を始める。
「万象の礎よ……我に憚る撃俗を掌握せよ!! 『圧潰滅法遏』!!」
パーミリアが咄嗟に唱えた法遏は、禁戒法遏の一つであった。
球体がカイトを包み込む。
その球体の内部だけが歪み、空間を押し潰すように重力が圧縮されていく。
「詠唱を省略化したが、神々の法術だ! 人間一人を抹消するならこれで十分! 超重力に潰され、悶え苦しむがよい!」
パーミリアが突きだした両手に力を込め、止めをさそうとした――その時。
カイトの一閃が、覆っていた球体を真っ二つに引き裂いた。
「なっ! 神々の法術を意とも簡単に打ち破るだと?!」
球体から出てきたカイトの左目は深紅に染まっており、先程まで体に纏っていた王創が全て消えていた。
その姿はまさに──王喰。
真創具と共鳴したカイトの王創が、無意識に王喰へと変化を遂げたのである。
「貴様!? その姿は神喰らいの……! いや、違う……まだ不完全な……それにしてもその力は……」
カイトの姿を見て、パーミリアは何かを悟ったようであった。
戸惑うパーミリアに対し、怒りと焦りで自分の変化に気づいていないカイトはただパーミリアを倒すことだけを考えていた。
「村は……ナナは俺が守る!!」




