第18話 繰り返される悪夢
「なんだ、ここは……」
ナナとクスハが打ち解けている頃。
カイトは不思議な空間に閉じ込められていた。
空気が歪んでいるように捻れ、辺りを見渡しても何もない白い世界が続いている。
自分が立っているのか、浮いているのか、はたまた落ちているのか。
無重力に近い感覚が、カイトの平衡感覚を狂わしていた。
「一体なにがあったんだ……真創具が急に光出したと思ったら、こんな場所に転送されるなんて」
ゆっくりと何が起きたのか把握しようとするが、肝心な部分は何も分からない。
真創具を経由して、いや、正確には女神の涙を経由して誰かが自分をここに転送した。
最近の出来事を考えると、一縷の可能性が頭を過る。
「誰かいるんだろ?! 姿を見せてくれ! 俺をここに転送したのはステラなのか?!」
カイトが何もない空間に向かって大声をあげる。
女神の涙、ステラの遺志、神々の再臨、これらを考えたらこの出来事の首謀者が誰か何となく絞ることができた。
「やぁやぁ、察しが良いね。残念なのは、俺がステラじゃないってことだろう」
呼び掛けに対し、後方から男の声が返ってきた。
直ぐに後ろを振り返るが、そこには誰もいない。
「ステラじゃないのか? お前は誰なんだ! 何故姿を見せない!」
カイトが辺りを見渡しながら言葉を返すと、突然寒気が襲った。
首を舐められているかのような倦怠感に取りつかれ、咄嗟に手を振って寒気を取り払う。
「ふふ、何とも可愛らしい反応だ。君がメルとは到底思えないよ」
再び男の声が後ろから聞こえてくる。
しかし、後ろを振り返ってもやはり誰もいない。
敵意を感じたわけではないが、あまりの気色悪さにカイトは剣を構え、戦闘態勢に入った。
「何が目的だ! 姿を見せろ!」
闇雲に剣を振ってはみたが、何もない空間ではただ虚しく空を斬る。
「俺の姿が見たいか? 姿を見たら何か変わるのか?」
男の声が再び後ろから聞こえてくる。
今度は振り返ると同時に剣を振るい、問答無用で攻撃を仕掛けた。
その剣が標的を捉え真っ二つに斬ろうとした瞬間、カイトは目に入った男の姿に驚き剣を止める。
「な……お前は一体……」
剣の切っ先に立っていたのは、幼き頃の自分であった。
その姿は身体中傷まみれで、服はボロボロに破れみすぼらしく、瞳は希望を失っているかのように霞んでいた。
「やぁやぁ、姿を見ることができて満足かい?」
目の前に立っている幼き自分自身に、カイトはいつの時の自分なのかすぐに気がついた。
「それは……その姿はあの時の俺だ……」
幼き姿のカイトが向けられた剣を掴み、ゆっくりと自分の心臓に突き刺した。
「お前は、自分の過去が憎いか?」
胸から血を流しながら、幼きカイトは不気味な笑みを浮かべ語りかけてきた。
あまりの恐怖にカイトは握っていた剣を放し、震えながら後退りする。
「お前は……何者なんだよ……」
血塗れになった幼きカイトが、ゆっくりと消えていく。
すると今度は、先程より少し大きくなった自分が後ろに立っていた。
「お前は過去をやり直したいか?」
次から次へと現れる過去の自分に、カイトは動揺を隠せずその場に腰を落とした。
「過去……俺の過去をやり直す……?」
幼き姿の自分が再び消え、今度は見たことのない大人の男性が姿を現した。
クロエと同じくらいの高身長に、金髪をオールバックのように後ろへ流している。
どことなくロランと似た風貌をしていたが、明らかに違うのはそこから見える瞳は青く染まり、ベロっと出した舌には十字の刻印が刻まれていた。
「俺は過去の神バンビー=バンビー=バンビー。メルと同じ神聖の一柱だよ」
カイトは座り込んだままバンビーを見上げた。
その姿からはとてつもない創遏を感じとることができる。
それは今の自分では全く歯が立たないと、直ぐに判断できるほどであった。
「なんで神聖が俺のとこに。俺に何をしたいんだ!」
バンビーはカイトと目線を合わせるように座り込み、優しい笑みを浮かべながら言葉を返す。
「ごめんよ、嫌な思いをさせたいわけじゃなかったんだ。俺は君を救いたい、それだけさ」
「俺を……救う?」
バンビーが両手を広げると、頭上にナナの姿が現れる。
「君は緋色に染まった彼女を救いたいと思っているんだろ? なぜ彼女が突然その瞳を緋色に染めたのか、いつからステラの器として認識されていたのか分かっているかい?」
意味深なバンビーの言葉にカイトは食らいつく。
「お前は、お前は何か知っているのか?!」
焦るカイトを宥めるよう軽く頷いたバンビーは、過去の戦争について話を始めた。
「君達が襲われ、家族や友人を失った世界第五戦争。これを引き起こしたのはルーインでもファンディングでもない、未来の神パーミリア=ルー=リーフだ」
思いもせぬバンビーの言葉に、カイトは口を開けたまま放心した。
「パーミリアの目的は、ステラが再臨するための準備であった。器に相応しいルールラの子を見つけ出し、その者に刻印を授ける。そうすることによって、ルールラの器はステラの遺志に触れた時に完成する」
「刻印?! ナナにはそんな刻印なんてないはずだ!」
ナナの裸を見たことがあるわけではないが、もし刻印が体にあるならマールやグラディと出会った時に何らかの反応があるはずだ。
あの時、ナナは十字の刻印を見ても特別な反応はしていなかった。
「当たり前だよ。力を発現させていない刻印を目で確認することはできない。それに、メルの遺志を持つ君にもその刻印は存在する」
バンビーがカイトを指差して創遏を込めると、心臓付近が熱くなる。
咄嗟に服をめくり左胸に目をやると、カイトの胸にはうっすらと十字の刻印が浮かび上がっていた。
「あ……あぁ……」
声にならない叫びが口からこぼれ落ちる。
心のどこかで自分がメルの遺志を秘めた器でないと信じていた。
だが浮かび上がる刻印を見ると、その儚い思いは全て打ち砕かれる。
「分かったかい? 彼女にも同じように刻印が刻まれている。それが神の器である何よりの証明だ」
「俺は、やっぱり人間じゃないのか……」
落胆するカイトを見て、バンビーは不思議そうに首を傾げた。
「不思議だね? 普通は自分が神だと知れば喜びそうなものだが、まぁそんなことはどうでもいい。話を戻そうか。刻印が刻まれると神の器になるんだ。逆を言えば、それをしなければ彼女はステラの器には成りえない」
言葉の意味をすぐに理解したカイトは、バンビーが過去を司っていることを思い出した。
「俺に、過去をやり直すチャンスをくれるのか?」
ニヤっと口を緩めたバンビーは再び軽く頷いた。
「やはり君は物分かりがいいね。君に過去をやり直す覚悟はあるかい?」
カイトは力強く立ち上がり、バンビーに向かって手を差し出す。
「ナナを救えるなら何だっていい!」
バンビーも合わせて立ち上がり、カイトの差し出した手を握った。
「いい返答だ、君に一度だけチャンスを与えよう。過去の悪夢に立ち向かってくるがいい」
突然バンビーの刻印が光を放ち、その眩しさに目を閉じる。
再び目を開けた時、目の前にはカイトの故郷が広がっていた。




