第17話 強さをもたらす者は強くあれ
「ティナさん、こんにちは。カイトとナナはいますか?」
「あら、こんにちは。カイト君はグロースに出かけたわ。ナナちゃんは……相変わらず自分の部屋にこもっちゃってるよ」
カイトがグロースへ向かうと入れ替わりに、ナナの元に一人の人物が訪ねてきた。
ティナに挨拶を終えると、その人物は一直線でナナの部屋に向かい足を運ばせる。
「すぅー……ふぅ……」
部屋の前にたどり着くと、気持ちを落ち着かせるように一つ深呼吸をし、意を決して扉を叩いた。
「ナナ、クスハだよ。部屋に入ってもいい?」
突然の訪問者に、ナナの声は少し遅れて返ってくる。
しかし、その言葉は相変わらず「ごめん」の一言であった。
「ん~……よし!」
ナナの返事を聞いた後、腕を組んで少し悩んでみたが、想定内の事態であったためクスハは次の行動に移った。
鍵のかけられた扉にむかい軽く詠唱を始めると、電撃が走ったように鍵穴がボンっと破裂する。
扉を壊すことはティナに許可をとっていたようだ。
強行手段は良くないが、このままではナナが完全にふさぎ込んでしまう。
それはティナも心配しており、クスハに全てを託したのである。
「クスハ、入りまーす!」
元気良く扉を開けると、ベッドに横たわったまま目を点にして驚くナナの姿があった。
その姿を見て、クスハの笑顔が消える。
目の回りには深いクマができており、数日まともに寝ていないのが直ぐに分かった。
それだけではない。
髪はボサボサで頬は窶れ、緋色に染まった瞳には光が失く、牢獄に幽閉された犯罪者のような状態であった。
「クスハ……なんで入ってきたの……」
弱々しい声を発しながら体を起こしたナナを、クスハは何も言わずに抱き締めた。
「クスハ……」
無言で抱きつくクスハは、小刻みに震えていた。
ナナを勇気づけるつもりが、その痛々しい姿を見て思わず涙が溢れ出す。
その涙を見られまいと抱きついて誤魔化していた。
「ナナ、体は何ともない?」
涙を拭いながらクスハは笑顔を作る。
緋色に目を染めてから特に変化はないが、いつ自分がステラに体を乗っ取られるのか。
そんは不安がナナを押し潰していた。
「体は大丈夫。でも今は誰とも話したくな……」
「ナナ! ちょっとでいいからお散歩しようよ!」
拒否しようとするナナを、お構い無しにクスハが手を引っ張った。
強引に外へ連れ出すと、久しぶりに日の光を浴びたナナは眩しそうに手で顔を隠す。
「……眩しい」
「ちゃんとお日様の光を浴びないと元気でないよ?」
クスハはそのまま手を引き、近くの海辺まで歩く。
雲一つない晴天に程よく肌を撫でるそよ風。
当たり前の晴れ間が、とても気持ち良く感じた。
「ナナは今の自分が嫌?」
優しいさざ波に足をつけ、遠くを見つめながらクスハはナナに声をかける。
美しい青空と無限に続く水平線に、クスハの青い髪が溶け込む。
その幻想的な後ろ姿にナナは嫉妬した。
「……クスハはいいよね。あなたはとても強い」
振り返った瞳は黒く澄んでおり、自分とクスハが入れ替わってしまったようであった。
「私は、強くないよ。……私は、強くありたいと思っているだけ」
「……強く、ありたい?」
クスハは自分の過去をナナに話し出した。
毎日のように実験台にされ、外の世界を知ることは許されずただ無理やり歌うことを強いられた。
「毎日が死にたいと思うほど辛かった……姉さんがいなかったら私はとっくに死んでいたと思う」
先の見えない人生に光なんてなかった。
あの日、深紅の輝きが自分を救いにくるまでは。
「私は姉さんとカイト、それにナナにも救われた。そんな人達のために、私は強くありたいと願っている」
「私がクスハを救った?」
クスハはナナの手を握り、そのまま自分の胸に当てる。
ドクンと鼓動する心臓を二人は感じていた。
「生きている。貴方がいたから、私は今を生きている」
「……私は何も」
「何もしてなくても、私は貴方がいたから生きている」
ナナが否定しようとする前にクスハは強い眼差しで言葉を返す。
「姉さんが私に生きる価値を与え、カイトが私を世界に羽ばたかせ、ナナが私の呪縛を消してくれた。私は、そんな人達に恥じないように強くありたい」
クスハの強い想いを聞き、ナナの目が自然と涙ぐむ。
「私は今のナナに何かをしてあげられるわけじゃない。それでもきっとカイトがナナを救ってくれる。それまで、私はナナの支えになりたい」
溢さないように堪えていた涙は、支えになりたいといった言葉をきっかけに流れ出す。
誰かに救いを求めていたわけではなかった。
自分の気持ちは自分にしか分からないと塞ぎかけていた。
緋色に染まった恐怖が自分の何倍もあったはずのクスハが、こんなに強くあろうと頑張っている。
自分より何倍も辛い人生をおくってきた彼女が、自分より何倍も生き生きとしている。
そんなクスハが、自分の支えになると言ってくれている。
「うっ……うぐぅ……」
涙を流し顔を手で覆うナナを見たクスハは、少し安心したように再び水平線を見渡す。
すぅっと呼吸を整えると、海に向かって歌い始めた。
クスハの透き通った歌声が、ナナの心を安らいでいく。
そんな優しい歌声に呼応するよう、ナナも自然と口をあけ歌を歌う。
美しい歌声が混ざりあい、二人の周囲にある自然の創遏が小さな光の玉となってユラユラと漂っている。
二人の歌姫は、間違いなくこの空間を支配していた。
「やっぱり歌はいいね」
歌い終わったクスハはナナに笑顔を向ける。
「そうだね」
頷いたナナにも、笑顔が戻っていた。
「やっぱナナは笑顔が一番似合ってる! 泣き顔ばっかしてたら、私がカイトを奪っちゃうからね?」
「奪うって! カイトは私の守り人なんだから」
顔を少し赤くしたナナが照れくさそうに下を向く。
そんなナナを下から覗き込み、クスハは頬を赤く染めて笑顔をつくった。
「そんなの関係ないよ! 私、カイトのことが大好きなんだから!」
「だ、大好きって!」
「な~に~? ナナはカイトのことが好きじゃないの~?」
「いや、あの、好きっていうかなんというか、そういったのは、えーと……」
純粋な乙女のナナは、積極的なクスハにたじたじであった。
「言っちゃえば? 私しかいないんだよ?」
「えーと、その……私も……カイトが……大好き……」
ナナの顔は既にゆでダコのように真っ赤に染まっている。
しかし、それでもクスハは容赦なかった。
「私の方がだーい好き!! ナナよりずっとカイトのことが大好きー!!」
遠慮なく自分をアピールするクスハに、ナナは開き直って言葉を返す。
「なによ! 私の方が大好きなんだからー!!」
お互いに叫びあい、堪えきれなくなった二人は同時に笑い始める。
そのまま日が傾き、夕暮れが辺りを照らす時まで、二人の少女はただひたすらに語り合った。




