第15話 ステラの遺志
「遺志を解放しただって? ならステラの遺志はナナの体に根づいたのか? だからナナの目が緋色になったのか?!」
ノーマンドはカイトの問いに対し首を横に振る。
「いや、まだ彼女はただの器だね。緋色の瞳はステラ様が再臨する時の目印とする、いわばマーキングさ」
「だったら私の目が緋色だったのは何で?! 何で私はナナと出会ったことによってその目が黒くなったの?」
クスハは自らが人の手によっての作り出された人工歌姫であることをノーマンドに語り、自分の体の謎を問いかけた。
「緋色の瞳はステラ様が認めた器に準備ができた時、その瞳をステラ様と同じ緋色に染める。君はステラ様の遺志。正確には、ファンディングでの再臨に失敗したときのために作った、複製の遺志を軽率に扱った罰なんだよ」
「私の緋色は……罰だったの。だから呪いともいえる副作用があったんだ。そもそも勘違いがあったんだ。エルマ細胞の毒素が体を蝕むんじゃなくて、ステラの遺志が体を蝕んでいた」
素直に話を受け入れるクスハに対し、ノーマンドは更に話を進める。
「物分かりが良いね。偽物の緋色は、その存在を認めないステラ様の遺志によって体を破滅に追いやる。何でか、エルマ細胞がその破滅を一時的に食い止めるのに一躍買っていたみたいだね。君の緋色が失くなったのは、そこの彼女と出会い、オリジナルの器に複製の遺志が歓喜したからだろう。ステラ様の遺志は本来なら泉から離れることが出来ない。しかし、君の体を介することでいち早く器の居場所を特定することができた。役に立ったと判断され、君は破滅から解放されたんだね」
ノーマンドの話を聞いたクスハは、複雑な心境にあった。
彼の言葉が正しいなら、ナナが緋色目に染まったのは間接的に自分が原因である。
ステラの遺志がナナを見つけ、クスハとナナにしか聞こえなかった声がここまで導いたのかと深い疑心感に囚われてしまった。
「それで……私はルーインから帰ってきてすぐに『おいで』と呼ばれたことがあった。あの時はただの空耳だと思ったけど、夢の中でも私を呼ぶ声がして、森の入り口でも同じ声を聞いた」
ナナは泉に写る自分を見ながら、独り言のように呟いていた。
「ナナ……私のせいで、私がナナと出会ったせいで……」
震えるクスハの元に寄り、ナナはクスハの体を優しく抱き締める。
その暖かい温もりに、クスハの目からは自然と涙がこぼれ落ちた。
「ごめん……ごめん……」
涙が止まることなく溢れ、クスハはただナナの抱擁に身を託すことしかできなかった。
そんなクスハの涙を拭い、ナナは優しく微笑みを見せる。
「クスハは何にも悪くないよ。私は自分の体のことなんかより、クスハの呪いが失くなったことの方がずっと嬉しい。だから泣かなくて大丈夫……」
ナナがゆっくり頭を撫でると、その優しさにクスハは再び涙が溢れだし、泣き声を抑えるようにナナの体に顔を埋めて震えた。
「誰も悪くなんてない……悪いのは人間を勝手に拠り所として使う神だ!」
カイトはクスハを肯定するよう、声を大にして叫ぶ。
そんな姿にノーマンドは不気味に笑って返した。
「その考えは些か傲慢だが、僕は嫌いじゃない。しかし、ステラ様の遺志が泉から解放された以上、近い将来彼女の体を奪いにやってくる。覚悟しておいたほうがいいよ」
不気味な笑みの底に寒気を感じたカイトは、再びノーマンドに尋ねた。
「ステラの遺志はいつ、何のために再臨しようとするんだ? それに、ステラは今ここにいないのか?」
「ステラ様の遺志は泉から解放されたばかりでその力はまだか弱い。空気中を漂い、創遏をしっかりと蓄えた時、この泉に再臨するだろう。そして輪廻の理は元の形へと戻される。人間を抹殺することによって」
人間の抹殺、それが神の目的だと知った一同は驚愕し耳を疑った。
「何で人間を……俺達が一体何をしたっていうんだ!」
「何もしていないよ? 君達はステラ様が作り出した失敗作なんだ。輪廻の理を汚す傀儡。だから滅ぼさなければいけない」
カイトは最後にもう一つだけノーマンドに尋ねる。
「神が人を滅ぼすのが目的なら、何でノーマンドは俺達にここまで色々と教えてくれるんだ?」
ノーマンドはカイトの問い掛けに首を傾げ、言わなかったかといいたげな顔で答えた。
「言っただろ? 僕はステラ様が大嫌いなんだ。僕は死ぬことができない。どんなに苦しい目にあっても死ねないんだ。死ぬことが本当の願いだが、それが叶わないならせめて少しでも楽しく生きたい。そのためには、僕の存在を許さないステラ様が邪魔なんだよ。僕は神人、神の中では最も階級が低い。力では六聖にも遠く及ばない。だから一人で楽しく生きるために、神々の再臨は避けたいんだよ」
ノーマンドの言葉は真実だろう。
話し出してからは敵意を全く感じず、むしろカイト達との会話を楽しんでいるようであった。
「僕はね、輪廻の理だとか世界がどうなろうなんて興味ないんだ。そんな感情はとっくに欠如してしまっているからね」
輪廻の理が何なのか、そんな難しいことは分からない。
だが、メルがカイトに告げた、間もなく起きる聖戦の意味が分かったきがした。
カイトはナナを守りたいなら、神を殺さなければいけない。
自らも神の遺志を持つ者である筈なのに。
「俺は相手が神だろうがナナを守ってみせる。ステラがナナの体を狙うなら、そんなことは俺が許さない!」
カイトは立ち上がり、自らを奮い立たせる。
まだ全てを把握できたわけではないが、それでもやはり自分の心にある信念は一つであった。
この先、事態が動き出したときにどうすればいいか分かっただけで十分である。
「さてと、僕も久々に沢山話しができて楽しかったよ。君達とは意見が合いそうだからね、しばらくはどこかでこの先の物語を楽しまさせてもらうよ。これより次々と再臨を遂げる神々に、せいぜい飲み込まれないように気をつけな」
ノーマンドの体がゆっくりと消えていき、残されたカイト達はしばらくその場に固まっていた。
「ナナ……大丈夫か?」
こんな急展開に瞳まで緋色に染まり、内心大丈夫な筈がない。
そんなことは分かっていたが、今のカイトにはその言葉しかかけることができなかった。
「うん……ありがとう」
カイトの気持ちを察したナナも、ただありがとうと返すことしかできなかった。




