第14話 不死の男
ナナの瞳が変色したことに一同は騒然とする。
緋色の瞳にトラウマを持っていたクスハは、過去の悲劇が頭を駆け巡り、腰が抜けたようにその場に尻餅をついた。
「なんで……なんでナナが緋色の呪いを……」
突然の出来事に皆が焦りを見せるなか、当人であるナナは何が起きたのか実感がなかった。
自分を見て驚く一同を不思議そうに見渡すと、後から不安が押し寄せてくる。
「皆どうしたの……? 私、何か可笑しいの……?」
カイトは震える手をナナの頬に添え、目の前の現実を受け入れることができずにいた。
「なんで……何でナナの目が急に緋色になるんだよ」
周りの視線とカイトの言葉により、ナナは自分の身に何が起きているのかを把握し、顔がみるみると青ざめていった。
「私の……私の目が、どうなっているの……?」
恐る恐る泉に顔を写し、瞳の色を確認したナナは急激な吐き気に襲われる。
口を抑えてその場に座り込み、一体何が起きているのかを把握しようと必死に考えたが、答えは見つからない。
「何で急に……女神の涙は一体ナナに何をしたんだよ」
カイトは右手に握っていた女神の涙が引き起こした事態に次第と腹が立ち、泉に向かい投げ捨てようとした。
──次の瞬間。
カイトの手の中で女神の涙が光輝き、辺りを白い閃光が包み込む。
突然の発光に驚いたカイトは女神の涙を地面に落とし、咄嗟に光から目を逸らした。
「いや~、やっと出られた~」
女神の涙が発光を止めると、どこから現れたのか一人の男が目の前に立っていた。
見た目はカイト達と同い年くらいであろうか。
清潔感のある黒髪に、清々しい笑顔を浮かべている。
清々しさに反し、その両腕は肩から斬り落とされたように欠落し、体の至るところには様々な傷痕が残っていた。
一目見て分かったのは、彼が人ではなく神であるということだ。
右頬に刻まれたマール達と同じ十字の刻印がそれを物語っている。
「な……こいつどこから……」
男はつま先をピンと突き上げ背筋を伸ばすと、放心状態のカイト達を見てもう一度笑顔を浮かべた。
「やぁ、君達はステラ様を再臨させようとする者かな?」
ゆっくりとカイトに近づき、舐め回すように見つめると、突然そのままカイトの顔面を蹴り飛ばす。
間一髪の所で防御したカイトは、少し後ろに距離をとり剣を構え戦闘体勢に入る。
「何をするんだ! お前は急にどこから現れた!」
カイトの言葉に首を傾げ、男は不思議そうに言葉を返す。
「何を言ってるの? 君達がステラ様を復活させようとしてるんでしょ? だったら君達は僕の敵だよ」
男は問答無用で再びカイトに向かい飛びかかる。
その攻撃を防いだのは、咄嗟に二人の間に入ったエルマンであった。
「何か勘違いしているぞ! 我々は女神の涙を調査に来ただけだ! ステラを復活させよう何てしてはいない!」
エルマンの反論に対し、攻撃の手を緩めないまま男は言葉を返す。
「だから何を言ってるの? そこに緋色目を受け継いだ子がいるじゃん。何で勝手にそんなことするかな~?」
男の言いぐさに、カイトは声をあげて怒りを表した。
「言いがかりだ! 俺達は急に女神の涙の光に包まれて、気づいたらナナの目が緋色になったんだ! 好きでこんなことをしたんじゃない!」
カイトの必死な叫びに男は攻撃を止め、質問を始める。
「そうなの? ステラ様の味方じゃないの? 君達一体何者なの? 何でこんなことしたの?」
「ちょ、待ってくれよ! お互い話が噛み合ってない。初めにあんたが何者なのか教えてくれよ! その右頬の刻印は神なんだろ?!」
男はその場に座り込み、一呼吸を置いてから言葉を返す。
「いいだろう、僕が先に話をしよう。僕の名前はノーマンド=テンペ=クリード。君のいう通り、欠如の神さ」
「……欠如の神」
「まぁ、一旦座ってくれ。ゆっくり話そうじゃないか」
急な態度の変化に、お前が襲ってきたんだろうといい放ってやりたいが、ここは冷静にノーマンドの言葉に従うことにした。
「俺はカイト、カイト=ランパードだ。どうやらメルの遺志を継ぐ者らしい。教えてくれノーマンド。君はどこから現れたんだ?」
メルの遺志といった単語に一瞬だけ顔を歪めたノーマンドは、そのまま女神の涙を足で差した。
「僕はこの水晶に閉じ込められていたんだよ。ステラ様は僕のことが嫌いだからね」
ノーマンドは何故ここにいて、一体何をしていたのか話し出す。
「まず初めに、僕はステラ様が大嫌いだ」
本来、神々は大聖官であるステラの臣下として存在している。
それは前に出会したマールやグラディも例外ではない。
ステラが再臨するのに合わせて、臣下の神々も再臨を始める。
しかし、ステラの臣下についていない例外的な三柱が存在する。
一柱はメル=ブレイン=ランパード。
もう一柱はハイネン=イグラニア=リスタード。
最後に、ノーマンド=テンペ=クリードがその例外に含まれる。
前者のニ柱はその強大な力により、ステラと対等な立場で物事を決めることができた。
そして、ノーマンドは自らが保有する固有能力がステラから毛嫌いされており、臣下として認められていなかったのである。
「僕の固有能力は『不死』。神の中でも不死の力を持つ僕だけが、三千年の制約を受けずに生き続けることができるんだ」
次々と話を進めていくノーマンドに戸惑いながらも、カイトは間髪入れずに疑問を投げかけた。
「ちょっと待ってくれよ。色々と聞きたいことはあるが、今の話では何故ここにノーマンドが現れて俺達を襲ったのか全然みえてこないよ!」
ノーマンドは慌てるなと笑いを飛ばし、カイトの質問に答えを与える。
「結論から言うと、僕はステラ様を復活させたくないからだよ。君達がステラ様を復活させようとしているのかと思ったから、君達を殺そうとしたんだ」
神は十年の再臨を果たすと、三千年間その力を封印される。
これは既に制約で決まっており、何故そうなったのか事情はノーマンドも知らないらしい。
しかし、不死の能力を持つノーマンドはその制約を無視することができる。
それを良しと思わないステラが、この泉にある女神の涙へとノーマンドを生きたまま封印したのであった。
「ステラ様は輪廻の理を継ぐお方だからね。僕みたいな制約を守らない者の存在は消したいんだよ。まぁ僕は不死だから死ぬことはないけどね。君達が女神の涙を経由して泉に眠るステラ様の遺志を解放したから、僕もここに解放されたってわけ」
カイト達はナナの体に起きた変化が何なのか、徐々に理解していくことになる。