第8話 憧れとの再会
カイト達に気づいたティナは、優しく笑顔を作り手を振る。
それに対し、クロエは右手に持っていた徳利からお猪口に酒を注ぐと、カイト達のことは気にも留めず酒の匂いに酔いしれていた。
「もしかして……修行をつけてくれるのはクロエさんなのですか?」
予想もしていなかった人物を前に、カイトは緊張と興奮で気持ちが昂っていた。
そんなカイトとは正反対に、クロエはやる気のなさをアピールするようにそっぽを向きながら口を開く。
「お前は……前に一度会ったな。親父から何も聞いてないのか?」
空を見上げながらそのまま酒を飲み干すクロエからは、微塵も強者の覇気を感じない。
その姿は最強とは程遠い、ただの酒飲みそのものである。
「親父って……エレリオ司令官って、クロエさんのお父さんなのですか?」
不思議そうに首を傾げるナナが口を開くと、無視を決め込んだクロエの代わりにティナが答えた。
「少し違うわね。エレリオさんはクロエとロランの育ての親だから親父って呼んでいるのよ」
ティナからの返答に、ナナの唇に自然と震えが纏わりつく。
憧れの歌姫を目の前にし、ナナも緊張を隠せずにいた。
「ふふ……前に会った時にまた会えるような予感がしていたけど、まさかこんな風に会うとはね」
ティナが嬉しそうに微笑むと、カイトは手を大にして飛び跳ねた。
「俺達もこんなに早くまた二人に会えるとは思ってもいなかったです! しかもクロエさんに修行をつけてもらえるなんて!」
まさか世界最強である弐王に修行をつけてもらえる。
予想だにしていなかった展開に、これからの日々を想像するとカイトは一人興奮が収まらない。
しかし、そんなカイトに忠告をするように、クロエは冷たい口調で釘を刺した。
「おい、勘違いするなよ。俺がお前の面倒を見るなんて了承してねーよ」
クロエの思わぬ言葉にカイトの目が点となる。
「えっ、でも司令官にここに行けと言われて……」
「なんにも聞いてないんだな」
呆れた顔でクロエは説明を始めた。
一週間前のことである。
セントレイスにある司令室で、エレリオとクロエが話し込んでいた。
「クロエに頼みがあるのだが」
「嫌だね。久々に呼びつけたってことは、ろくでもないことなんだろ?」
エレリオが口を開くや、嫌な予感がしたクロエはすぐに首を横に振る。
そんな態度はいつものことだと、慣れた様子のエレリオはそのまま話を続けた。
「一人修行をつけてほしい若者がいるのだが、頼めるか?」
「はっ? 絶対無理だね! そういう面倒くさいことはロランに頼めばいいだろ?」
「そういうなよ。ロランにはレオの世話を見てもらっているから頼めないのは分かっているだろう?」
困った顔をするエレリオに、クロエはそっぽを向きながら痛いところをついていく。
「自分の息子はロランに頼んでほったらかし。そんなんじゃレオに嫌われても仕方ないな」
「それは言われなくても十分に分かっている。その話は置いといて、頼まれてはくれないか?」
クロエに痛いところをつかれ、エレリオは不器用に顔をしかめる。
だが、それとこれとは別だといわんばかりに話を強引に戻した。
「いくら親父の頼みでも嫌だね。そもそもどこの誰だか知らんが、俺と修行って。俺の創遏の圧力に耐えられるのかよ?」
「そこはクロエの力加減だろう」
「無理無理! 絶対に嫌だ!」
もう話すことはないと後ろを振り返るクロエに、エレリオは肩を掴んで本音をぶつける。
「その子はランパード家の血筋らしいぞ? それでも興味は湧かないか?」
「親父がこんなこと頼んでくるから何かあると思ったが、そういうことか」
「エルマンから話を聞くにかなりの潜在能力を秘めていそうだし、何とか鍛えてはやってくれないか?」
エレリオの思惑に、クロエはつまらなさそうに一つ提案をした。
「いっとくが、俺はランパードだろうがそんなのに興味はない。どうしてもっていうならティナに頼んでみたらどうだ? まずティナが鍛えて、俺の創遏に耐えられるようになったら考えてやるよ」
「言ったな? よし、ティナには私から話をしておこう」
クロエが一通りの成り行きを話し終えると、再びお猪口に酒をそそいでそっぽを向いた。
「ということで、カイト君の修行相手は私だよ」
「ティナさんがですか?!」
カイトとナナは放心状態である。
それもそのはず、二人にとってティナは最高峰の歌姫。
剣を持つ姿など想像も出来なかった。
「いっておくが、ティナは歌姫になる前はグロースの三番隊隊長で、世界第六戦争を生き抜いた実力者だからな」
世界第六戦争とは、今から七年前に起きたファンディングとルーインの大規模な戦争である。
あまりにも激しい戦争であったため、今を生きる者は皆知っているほどだ。
そして当時、最前線で戦い、戦争を勝利へと導いたのが弐王であるクロエとロラン、そして現最高司令官のエレリオであった。
「ティナさんが第六戦争の経験者で、元隊長だったなんて知らなかった」
「昔のことだからね。歌姫になってからは戦闘から一線をおいていたから、どれだけも力にはなれないかもしれないけど。そんな私で良ければ修行の相手になるわよ」
「そんな、是非ともお願いします!」
カイトはティナに向かい頭を下げる。
予想とは違った展開ではあるが、それでも自分に師匠ができるのはとても嬉しいことであった。
「そんじゃあ、俺はそこらへんで酒でも飲んでるから後は頼んだなティナ」
そういうと、クロエはフラフラとどこかへ行ってしまう。
「ほんとクロエったら。ゴメンね、あんな風だけどとってもいい人だから嫌いにならないでね」
「いえ……そんな。そういえば、クロエさんとティナさんはいつからの仲なのですか?」
カイトがティナに質問すると、すかさずナナも話に参加する。
「あっ、私も気になる!」
「ん~、私が隊長になる前くらいからだから、十年くらい前からかな」
「ていうことは、十八歳くらいからですか? 今の私達と同じくらいですね」
「そうなるね。まぁ、クロエとの昔話は話し出すと長くなるから今度ゆっくり教えてあげるね」
「やった! 楽しみにしてます!」
恋話にナナのテンションは上がり、ニコニコと上機嫌に体を揺らす。
「さて、今は早速修行を始めましょうか。まずはカイト君の実力が知りたいな」
「どうすればいいですか?」
「それじゃあ創遏を全開まで上げて私に攻撃してみて」
突然の提案にカイトは少し気が引けた。
実力を計るためといえ、歌姫に向かって剣を振るなど考えたこともなかったからだ。
「そんなことして大丈夫ですか?」
「心配しなくて大丈夫! 私もそこそこ強いんだから!」
「……分かりました」
「さぁ始めるよ!」
ティナが合図をすると、カイトが力を集中させ剣に創遏を纏わせる。
(深紅の創遏、とても珍しい色の創遏ね。それに少しクロエと似た創遏の纏い方。だけど……まだまだ力の引き出し方が甘い)
「いきます!」
カイトは合図をすると、ティナの元に駆け込み思いっきり剣を振りかざす。
しかし、その剣から放たれた創遏を感じたティナは、棒立ちのままその切っ先を見つめていた。
無防備なティナに剣が当たる直前、カイトは力を緩め剣を止めた。
「なんで剣を止めたの?」
目を細め、鋭い目つきでティナはカイトを威圧する。
「すみません。あまりにも無防備だったのでつい……」
ティナの急にみせた威圧的な態度に、カイトとナナは戸惑った。
「真剣に打ち込んできなさい。あなたは何をしにここへ来たの?」
カイトが言葉を返せずに困惑していると、ティナは遠慮なく責め続ける。
「敵は無防備なあなた達を容赦なく襲ってくるわ。そして、今から私とあなたは師弟関係になる。師弟になる以上、私はあなたが戦場で生き抜けるようにする義務があるわ。遠足気分ならもう帰りなさい」
あまりにも唐突なティナの態度に少し苛立ちを覚えつつも、自分の甘さを思い知らされたカイトはティナに頭を下げる。
「すみませんでした。もう一度チャンスを下さい」
「最後のチャンスよ。あなたのやる気を私に見せてみなさい」
「……いきます」
さっきとは違い、カイトはなりふり構わず本気で剣を振りかざした。
「それでいいのよ……」
剣が当たる瞬間、その切先をティナは指二本で受け止める。
自分の本気の一撃を軽々止めるティナにカイトは驚愕した。
「分かった? 私もそこそこ強いっていったでしょ?」
先程とは違い、元の優しい笑顔で話すティナ。
ティナとの実力差を知り、カイトは興奮が止められなかった。
そしてティナの強さにナナも魅了され、その場に膝を突く。
「改めて、よろしくねカイト君、ナナちゃん」
「よ、よろしくお願いします!!」




