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本気の恋なんて知らない  作者: ミライ
1/1

火遊びは危険だ

私の朝は早い。夏はともかく冬はまだ星やお月様がテカテカ光り輝いている時間から一日が始まる。なんでそんなに早いかだって?


決まってるじゃない!イケメンとお近づきになるためよ!



私の名前は早川なつめ。恋に恋をし、フラれては一瞬落ち込み、また新しい恋へとバッ進みだす、元気いっぱいの16歳、高校2年生。おめめはパッチリ、鼻は少し小さめだけどスッと通ってて、唇はちょっとポチャッと系だけどプルるんピンク。身長は156cmで普通体型だけど自慢の色白肌が私の美を引き出してくれるの。あとツヤツヤ黒髪ストレート。長さは背中の真ん中あたりまであるんだけど、これまた手入れが大変で…。


…という事で朝は体型維持のためのヨガとランニングをした後汗を流してお肌のお手入れと髪の手入れで大忙し。あ、化粧もしているわよ、ナチュラルメイクだけど。そんなこんなで今日もイケメンとお知り合いになるために張り切っていくわよ!!






「おはよー、なつめ」

「おはよー、芽衣」

下駄箱で親友の芽衣と一緒になった。

「今日もバッチリだね」

「もちろん!この学校、結構いい男いるから気が抜けないよ」

柳澤芽衣(やなぎさわめい)は小学校からの付き合い。凄くさっぱりした性格なので一緒にいても気持ちがいい。私とは真逆のタイプでショートカットで陸上部のエース。細身だけど筋肉がしっかりあって綺麗な体つき。女子にも人気がある。並みの男よりイケてる。もし男だったら迫ってたね。

「そうだ!聞いたよ、芽衣。おめでとう!この前の大会優勝したんだって?やっぱり凄いね!」

「マグレだよ、恥ずかしいな。次は立花(たちばな)に勝てる気がしないもん」

「立花さんって西高だよね。西高のイケメンを紹介してもらおうかなぁ」

「何言ってんの、あんたは。西高は超進学校、相手にされないわよ」

「失礼な!私の頭は良くないって言いたいの!?」

「まぁ、良くはないよね」

「…!芽衣のいじわる!」

アハハと芽衣は笑った後、ふと何かに気が付いてパッと顔をそらした。


「なつめ、柳澤さん、おはよう」

前から来たのは梅原拓真(うめばらたくま)。家が隣同士で小さい時から付き合いがある。黒髪のウルフカットで、身長は178cmだとこの前言ってた。

まぁ、ウルフカットという名前はワイルドでかっこいいけど、本人はなかなかのがり勉君。昔から知っているというのと近所で親同士の付き合いもあるっていうのがなければ、まぁまず挨拶すらしようとは思わないタイプだ。一応、運動神経は普通で、体格も普通。飛びぬけているのは学力。全国模試でもトップに何度も入っている。試験前には何度もお世話になっている。何とか赤点だけは免れているのも奴のおかげといなくもなくない。てゆーか、なんでこの学校を選んだのかはサッパリだ。親のよく許したと思う。この頭脳なら西高へ行ってもいいのに。まぁ、私としては同じ学校のおかげでいろいろ助かっている所もあるが。

「おはよー、拓真。相変わらず黒縁メガネが似合うね」

「うるさいな。なつめと違って勉強してるから視力が落ちたんだよ。それはそうと今日、母さんが夕飯を食べに来るように言ってたから忘れるなよ」

「うん、わかった。拓真のお母さんの料理、全部おいしいから楽しみだ!」

拓真はフッと優しく微笑み私の髪をクシャっと撫でた。

「あと柳澤さんに迷惑かけるんじゃないよ。柳澤さん、こいつが迷惑かけてごめんね。この前の大会優勝おめでとう。さすがだね」

「あ、ありがとう」

芽衣は頬を赤らめながら拓真を見て言った。

ったく、保護者気取りも大概にしてほしいものだ。イラっとするも、その場を離れていく拓真の背中を見つめている芽衣に

「良かったじゃない~、朝から拓真と話せて。これも私のおかげという事で西高との合コンよろしくね!」

私は拓真にボサボサにされた髪を直しながらニヤリと芽衣に言った。

「なっ…!ちょっ!それとこれとは…!てゆーか、誤解だから!誤解だからね!?」

芽衣は顔を真っ赤にして必死で訴えた。

「うんうん。スポーツに恋に…。めっちゃ青春を楽しんでますね~。良いことですね~」

「もう!」

教室に入る私のあとについて芽衣も入った。

私と芽衣と拓真は同じ教室だ。残念ながら席はバラバラだけどほかに友達がいないわけじゃない。芽衣とは一番の親友だと思っているけど、芽衣は陸上部の友達もいるし、拓真は論外だし、私はイケメンゲットしたいなグループがある。…まぁ、変なグループ名だけど…。この前は街でイケメンと知り合えたけど、結構仲良くなってから知ったのが彼女持ちだって事。さすがに彼女持ち相手はしない。フリーで良い男と付き合うのがモットーだ。

今回はメンバーの一人が以前から言っていた三年生を相手取ってみようと思っている。なんでも、野球のエースで大学やプロからも声がかかっているとのこと。とりあえず凄いらしいけど上級生と接点を持つのは意外と難しい。マネージャーにでもなれば良いんだろうけど、そんなものに時間を割く気は一切ない。ましてや人気者との事で常にそばに女がいる。まぁ、その辺は別に良いとして、やっぱり気にかけていきたいのは三年生という事で受験だ。大学やプロから声がかかっているとはいえ、やっぱり押さえておきたい所。その辺を気にかけながら攻めていこうと思っている。


「おはよん、なつめ」

「おはよ、なつめ」

「おはよう、梨央。瑞希」

佐々木梨央(ささきりお)。高校からの友達だ。イケメンゲットグループの一人。身長は150cmの小柄な体型。天パで茶髪で長さは肩くらい。右の耳には3個、左の耳には2個のピアスが開いている。まだまだ増えそうに言っているが、見た目はハムスターのような小動物を連想させる可愛さがある。

もう一人は大川瑞希(おおかわみずき)。この子も高校からの友達だ。もちろん同じグループのメンバー。髪は金髪に染めてて長さは私よりも長く腰まである。もうモデル並みの体型で身長は169cm。本人曰くまだまだ伸びているそうなので、170を超える日も近い。大人びた感じが凄く出ていて、小学校の時から年上の人から声がかかっていたのだそう。おかげで私と知り合ったときは年上に興味がなくなっていた。いやいや、まだ高校生がなんつー域に達しているんだよ、って感じだけどね。てゆーか、小学生に声をかけてた大人に興味があったり…。いやいや…やめておこう…。とりあえず羨ましいってことだね。

「この前の三人組、最低だったね~」

「彼女持ちで私らに声をかけてくるなんて信じられない。彼女に浮気現場を見せてやったけど修羅場ってあーゆーのを言うんだよね」

「まだ可愛い修羅場だね、あれは。世間にはもっと地獄のような修羅場があるからね」

「…瑞希…。あんたが言うとシャレにならないよ…」

「ねぇねぇ、次は決めてるの?」

「うん。梨央が言っていた野球部のエース、飛嶋先輩。どうかな」

「キャー!めっちゃカッコいいんだよ~。もちろん周りの先輩方も悪くはないんだけど、飛嶋先輩がそばにいると色あせてカカシにしか見えないんだから」

「カカシって。よくカボチャやジャガイモっていうのはよく聞くけど…」

「へへ。一応人型ではあるよ~。でも、飛嶋先輩、今年の甲子園行けるようになったから女の人とは距離を取るんじゃないかなぁ?」

「ふーん。じゃあ、サッカー部の花菱君にしない?一年のサッカー部なんだけど可愛いわよ~」

「さすが瑞希。年上には興味がまったく持ててないね」

「当然」

「え~、花菱君は一年ならまだ来年でも大丈夫だけど、飛嶋先輩は今年だけだし~」

「何言ってんの。梨央が無理そうに言ったんじゃない」

「へへ。そうなんだけど、やっぱり老い先短いほうから攻めたほうが、ね?」

「老い先短いって…。言葉間違ってるんだけど…」

「まぁ、とりあえず飛嶋先輩に近づこうよ。もちろん私が一番アタックするけど、二人もアタックしてね」

「分かってるわよ。三人でイケメンを落とすのが目的なんだから」

「まぁ、年上が相手ってことで私になびくと思うけど妬かないでね」

「むむ!妬かないし!頑張るし!」

「とりあえず昼休みあたりから行ってみる?」

「梨央の情報によると、先輩は食堂でご飯を食べてるよ。特に好きなのはカレーだって。でも他のご飯も好きだから、いつも悩んでるみたい。どうしても決められないときは一緒に食べてる友人に頼んでもらったりしてるみたい。可愛いよね~。あ、先輩、彼女がいたことないみたい。まったく話が出てこないの」

「…あいかわらず、いつの間にそんな情報つかんでるのよ」

「歩いてたら自然と入ってくるんだよ~」

いやいやいやいや、普通入ってこないし。

「じゃ、お昼休みから決行ね」

「はいはい」

「ラジャー」






_______お昼休み________



私たちは食堂に向かった。

「いる?」

「んー…みつかんない」

「私らは顔を知らないから梨央、頑張って探してね」

「うん!愛のパワーがあれば、どんだけ混んでても見つかるはずだ!」

食堂はすでに大混雑。場所取り班や買い出し班に分かれて行動している。早く見つけないと先輩の隣の席どころか私たちの食べる席がなくなってしまう。

「おかしいなぁ、みつかんない」

当たりをキョロキョロしながら梨央は言う。

「今日、休みだったとかってないよね?」

「それは大丈夫。ちゃんと確認したから」

「…梨央のその行動力があれば、こんな事しなくてもアタック出来るんじゃない…?」

思わず口にしてしまった私。梨央は私のほうを見ずに答えた。

「何言ってるの!恋はみんなで楽しむのが一番なんだから!」

「まぁ、私たちは恋とゲームが一緒になっている感はあるけどね」

瑞希はあっさりと言う。


…確かにそうだが…


「ごめん、通してくれるかな」

後ろから声をかけられた。

「あ、す、すいません」

私たちはパッと振り返った。

そこにいたのは五分刈りの色黒肌で、眉も目もガッツリ太めで濃いめ。筋肉で引き締まっている感が制服の上からでもわかる体型。しかし暑苦しさなしの爽やかオーラが大放出!

「いた!飛嶋先輩!」

梨央は指をさして言った。

「ん?僕に何か用かな?ごめん、君たちのこと知らないんだけど…」

「あ!すいません!この子、先輩のファンで…。もし良かったら一緒にご飯とか食べても良いですか?」

私は梨央の口をふさいで言った。

「そうなんだ。ありがとう。僕の友人が先に席を取ってくれてるから聞いてからでも良いかな」

「はい!」

梨央は私の手を引きはがして元気よく答えた。


先輩の友人は窓際の端っこのほうに席を取っており、三人いた。部活の練習内容の話もする予定だったらしく、ノートと鉛筆が置いてあった。

「あのさ、この子達一緒にご飯を食べたいって言ってるんだけど、どうかな?」

「初めまして~。2年A組の梨央って言います。一緒にご飯を食べても良いですか~?」

「おっ!由紀也の奴、こんな可愛い子を連れてきたぞ」

「マジ可愛い~!どうぞどうぞ!なんなら由紀也抜きで食べようよ!」

「おいおい、練習内容決めるんじゃなかったのか?」

「いいじゃん、可愛い子と一緒にご飯を食べて、やる気を出して決めようぜ」

「そうだそうだ!男ばっかりはつまらん!」

「あのなぁ、あの子たちは飛嶋のことしか興味ないんだからな」

「!分かっててもいうな、それは!」

「あー、あー、何も聞こえない」

「良いみたいだから座って。食券は買った?まだだったら一緒に買いに行こうか」

「あ、私たちはパンを買ったんで、ここで待ってます。梨央、あんた一緒に買ってきたら良いよ」

瑞希はそう言うと「お邪魔します」と言って、私たちと一緒にご飯を食べることに難色を示していた先輩の隣に座った。

「ねぇねぇ、君の名前は何て言うの?」

「さっきの子、梨央ちゃんだっけ?あの子は可愛いけど、君は美人だね~」

「お前らなぁ…」

「私は大川瑞希って言います。梨央と同じクラスです」

「髪の毛、メッチャきれいに染めてるね~。凄い似合ってる」

「うんうん。うちは校則緩いから染めてる奴いっぱいいるけど、瑞希ちゃんみたいに綺麗な人は少ないんじゃないかなぁ」

「日本人は黒が一番似合うんだよ」

ピクッ。

瑞希の眉が少し動いた。

「もちろん、どんな色に染めようと個人の自由だし、君の髪を咎めているわけじゃないから。ただ僕個人の意見なんで気にしないで」

ピピクッ。

「ご、ごめんね!林田!そんな意見いらないんだよ!」

「そうだよ!瑞希ちゃん、ごめんね~。こいつ、良いやつなんだけど頭は固いわ、思ったこと口にするわ…」

瑞希は口の端が上がり、フッと小さく笑った。

「いいえ、大丈夫ですよ。林田先輩でしたっけ。個人の意見は大事ですよね。個性が同じだとつまらないですものね。まぁ、それをいつ言うかは個性云々ではなくて常識のタイミングでするもの大事ですよね~」

瑞希は笑顔で言うものの黒いオーラが見えてるだけに怖さが増す。


…瑞希に火が付いた…かなぁ。


「あぁ、気を悪くしたならすまない。君の髪は金より黒のほうが似合うと思ったのでね。僕はこの通り五分刈りの野球部なんで髪を染めるという概念がないんだ」

「…それは高校を卒業したら髪も伸ばして染めるかも知れないってことですか?」

私は思わず聞いた。

「未来の自分がどうなるかなんて分からないよ。もしかしたらそうなってるかも知れない。ただ今の自分からは考えられない」

「なるほど…」と瑞希は呟いた。少し見え隠れする目元、口元はあきらかに企んでいる、それだった。


あー…うん…。やっぱり火が付いたか。

「で…で、君の名前は?」

変な雰囲気になりかけていた場を変えようと他の二人が聞いてきた。

「あ!私は早川なつめです。私も二人と同じクラスです」

「そーなんだぁ。このクラスは可愛い子がいっぱいで羨ましいなぁ」

「先輩方のクラスも可愛い子がいっぱいいるでしょ~」

「んー…まぁ…いないこともないこともないけど…」

「まぁ…うちはなぁ…」

ちょっと口を濁らす先輩方。

?運動部の割には口が立つお二人が濁すって何か変な感じ…。

「ごめん、おまたせ」

「なつめ~、瑞希~。先輩がプリンを奢ってくれたよ~」

梨央は飛嶋先輩の後ろからヒョコっと顔を出してプリンを見せた。

「わぁ!嬉しいです!ありがとうございます!」

「先輩、いただきます」

私と瑞希はプリンを受け取ってお礼を言った。

「おいおい、由紀也。ひっとり自分の株を上げてんじゃないよ」

「ちくしょ~。どうせ俺たちなんてカヤの外だよ!」

「ん?どういうこと?」

「飛嶋ばっかりモテて羨ましいってやつだよ」

二人の先輩が飛嶋先輩を恨めしそうに見ている中、林田先輩はサラッと言った。

「僕からしたら皆のほうがモテてると思うんだけどなぁ。だいたい女の人から声かけられるのは皆であって、僕のほうは少ないよ?」

先輩はそう言いながら席に座った。梨央はしっかり横に座る。

「王子様より家臣のほうが口を聞きやすいからなんだよ~!」

そう言って、先輩二人は飛嶋先輩を羽交い絞めにした。じゃれあっている先輩方をしりめに私たちは「どうだった?」と梨央に詰め寄った。

「うん、まぁ、こんな感じかなぁ」

「こんな感じ?」

「うん。爽やかで優しくてかっこいい天然キャラ。…なんだけど誰かを特別に思う感情が感じられない」

「どういうこと?」

「わかんない」

「どうする?」

「んー…まだ始めたばかりだから、もうちょっとアタックしてみる」

「分かった。んじゃ、私も仕掛けてみるね」

「私は今回パスする」

「え?なんで?」

瑞希の言葉に梨央はキョトンとする。

…まぁ、そうなるよね。

「ちょっと別口で行きたくなったから。ごめんね、梨央。私、林田先輩を落とすよ」

「え?え?なんで?なんでまたそんなことになったの?」

「まぁ、とりあえずはお昼ご飯を食べよ」

「え、あ、うん…」

私の言葉にプチパニックを起こしている梨央は納得しきれていない。頭の上にクエスチョンマークが飛び回っている。

私たちは席に着いて食べ始めた。

「あ、先輩方は彼女はいないんですか?」

私はいないことを知っているが、あえて聞いた。

「残念ながら彼女はいないかな。いてもすぐ別れちゃうからね」

「まぁ、俺たちは部活に力入れているからなぁ。休みの日も練習ばっかだもんな」

「彼女はいつでも作れるけど野球部は今だけのもんだしな。…とは言っても…彼女、ほしぃ~!」

「だよな、だよな!他の学校の奴ら、彼女が応援に来てて羨ましいよな!」

二人の先輩は話に盛り上がっていた。

「女にうつつを抜かしてミスをおかしまくってた奴の姿を忘れたか?」

そんな二人に冷たい言葉で一気に目を覚ます林田先輩。

「う…、いたな…、そんな奴が…」

「あぁ…。あれは見てるほうが辛かった…」

「あいつ…今頃どうしてんだろうな…」

先輩二人は遠い目をして影が薄くなる。

「飛嶋先輩はぁ、彼女、作らないんですかぁ?」

梨央が大きな目をパチパチしながら聞いてきた。

「僕は…うーん…。………彼女を不幸にするから作らないかな」

飛嶋先輩は顔を少し曇らせながら答えた。

「さっきの、すぐ別れるって感じですか?」

「そうだね。僕は好きな気持ちをもてても優先するのは野球だから彼女は二の次になっちゃうんだ。そんな気持ちで付き合ってても相手に悪いから」

「……」

梨央は飛嶋先輩をじっと見ている。

「僕を好きになってくれる気持ちは嬉しいし、ありがたいんだけど、相手の望みは叶えてあげられないから…」

「先輩」

梨央は飛嶋先輩の話の途中で声をかけた。そして、先輩の手を両手で握った。

「私、先輩が好きだよ」

「え?」

飛嶋先輩は目を丸くした。二人の先輩はガタっと立ち上がった。林田先輩は思わず食べる手を止め、大きな口を開けていた。少しメガネがズレている。

「先輩にとって私は会ったばかりの後輩だけど、私は先輩のこと知ってたよ。まだまだ知らないこともいっぱいだけど、もっともっと知りたいからお教えて!そして私の事も知っていってほしい。その時は私の事を好きになって」

食堂での公開告白。近くにいた人たちは耳をダンボにして話を聞き入ってたり、汁物を吹き出し対面の相手に誤っていたり、コソコソ話をしていた。

告白をした当人は、まったく周囲を気にしていない。

先輩二人は顔を真っ赤にして、でも羨ましそうに、悔しそうに何とも言えない表情をしている。林田先輩はズレた眼鏡を直そうとしているが、動揺からかうまくいかない。瑞希はその姿にキュンとした表情で見入っていた。

梨央ってば、行動早いなぁ。

私はこうなることは予想していたので落ち着いて周りを観察していた。

「……………………………え?」

状況を把握できなかった飛嶋先輩は、長い沈黙の後、やっと声が出せた。

「先輩、好き」

梨央はまっすぐ飛嶋先輩の目を見て、もう一度言った。

「あ、いや…え?あ…ありが…とう」

「先輩、これからもお話ししましょうね」

梨央は飛嶋先輩の手をギュッと握って、ニコッと笑顔で言った。

「私を知らないのに振るなんて事、しないでくださいね」

梨央はそう言うと「ごちそうさまでした」と食器を片付けに行った。私たちも「ごちそうさまでした」とその場を後にした。私たちが食堂を出た後、後ろから物凄い騒ぎ声が聞こえてきた。


「梨央、言っちゃったね」

「うん。先輩、特別な人を作らないように自分を殺してた感じがするから、私を特別にしてもらおうと思った」

「過去にいろいろあってそうだもんね」

「うん。それにこれから先輩は私の存在を気にしてくれると思うし」

「まぁ、確かに。食堂での告白は初めてだったろうしね」

「私も初めてだよ」

私の言葉に梨央は笑いながら言った。

「瑞希はどうするの?」

「ん?」

「林田先輩を落とすんでしょ。告白しないの?」

「いやいやいやいやいやいや。あの人は十分好きになってくれないと待ったなしで断るよ。ちゃんと良い関係になってからじゃないとね」

「手強そうだよ~?」

「ちょっとお堅い感じがするけど、でもあれが崩れたら楽しそう~」

瑞希はニヤニヤと笑った。年上に飽きてたようだけど、こういうタイプには弱いんだな。瑞希の新たな一面を発見した。


んー、何だろう。この回は私は出ないほうが良いような感じがする。サポートに回ろうかなぁ。


授業はいつもつまらない。芽衣や拓真、意外と瑞希は真面目に聞いているけど、私と梨央は隠れて携帯をいじってたりする。見つかれば没収されるが、やる気が起きないから仕方ない。


コツン。


頭に何かが当たる。

「?」

私は後ろを振り向く。斜め後ろにいる拓真が消しゴムを指で飛ばしたらしい。

『なによ!』

私は小声で言う。

『まじめに聞いてろ』

拓真も小声で言う。

『人の勝手でしょ!』

ベシッ!

今度は大きなもので頭を叩かれる。

「早川、つまらんだろうが、真面目な振りだけでもしとけ」

数学の先生が教科書で叩いたようだ。

「ありゃ。すいませーん」

私は拓真に『ばか』と一言言った後、前を向く。まぁ、あと少しで今日の授業も終わりだ。終わったら野球部の応援でも行こう。やっぱり知り合ったその日のうちに出来ることは何でもしないとね。


キーンコーンカーンコーン…


ホームルームも終わり、後は帰るだけだ。

「なつめ、7時くらいには食べに来いよ」

拓真はそう言うと、さっさと帰って行った。

「はーい」私は去っていく拓真の背中に向かって小さく返事した。

「なつめ、じゃぁ、また明日!」

芽衣も部活に向かう。

「うん。ばいばい」


「なつめ~、私たちも行こうよ」

梨央が帰る準備万端で待っている。

「うん。瑞希も行こう」

「あー、ごめん。急にバイトになった」

「ありゃ~、大変だね。ガンバレ」

「うん。じゃぁ、そっちもガンバレ。バイバイ」

瑞希はそう言うと帰って行った。

「じゃ、二人で行こうか」

「うん」

私と芽衣は野球部の練習を見に行った。


「1、2、3、4」

「5、6、7、8」

「2、2、3、4」

「5、6、7、8」


グランドで野球部は準備運動をしていた。もちろん飛嶋先輩や林田先輩もいる。あの2名の先輩もいる。

…ちょっと可哀そうな扱いかな、あの先輩方…。でもまぁ、名前知らないし…。

私たちに気付いた二人の先輩は飛嶋先輩に声をかけた。飛嶋先輩はこっちをみるとペコっと頭を下げて、また部活に集中した。梨央は小さく手を振る。

「真剣だね」

梨央は飛嶋先輩を見ながら言った。

「当然でしょ」

後ろから声がした。私たちは後ろを振り向いた。そこには3年生の女子が5人いた。

「あの…何か用ですか?」

私は聞く。

「用?そうね、用があるから、ちょっと来てくれない?」

…うーん、まぁ、やっぱ、そういう系のお姉さまが来るよね。

「わかりました」

私はそういうと梨央と2人で5人の先輩方の後ろをついていった。

連れていかれたのは校舎裏のある、小さな倉庫の近く。お決まりな感じで人気はない。

「なんでしょうか」

「なんでしょうか?わかってんでしょ!由紀也に変に近づかないように忠告するためよ」

真ん中にいたリーダーっぽい人が言う。

「変に近づくって何ですか?」

梨央はキョトンとして聞く。

「今日のお昼の事、聞いてるわよ!」

今度は違う先輩。

「それが何ですか?」

「それが何って…。あんたたち、飛嶋君が今、大事な時期って知ってるんでしょ!?邪魔しないで!」

「邪魔をするつもりはないですよ。今日は飛嶋先輩に私の事を知ってもらっただけですし」

「あんなところで告白しといて、知ってもらっただけってもんじゃないでしょ!」

「あのあと飛嶋君たち、教室でも騒がれてたのよ!?」

「あぁ、ちょっと恥ずかしい思いをさせてしまいましたか…。またあとで誤っておきますね。それじゃ」

梨央はそう言うとその場を離れようとした。

「ちょっと!どこに行くつもり!?」

「え?飛嶋先輩の練習を見に行くんですけど…」

梨央は頭を傾げた。

「はぁ!?」

先輩方は表情がだんだん険しくなっていく。

梨央の天然小悪魔系はこういう女子には合わないんだよねぇ…。

「私、先輩にいっぱい応援しますって約束したんです。なので今から応援に行きたいんで、そこ、開けてくれませんか?」

「開けるわけないでしょ!私たちの話を聞いてた?あんたたちの存在が飛嶋君の邪魔になってるって言ってんの!」

「私の存在が邪魔かどうかなんて先輩方が決めることじゃないですよね?飛嶋先輩から邪魔だと言われたら大人しく引きますけど…」

「あんた、生意気ね!」

由紀也と名前で呼んでいた先輩が、そう言うと大きく腕を振り上げた。


パァン!


乾いた音がそこに響いた。

梨央の白い肌がみるみる赤く染まる。

「ちょっ…!梨央!大丈夫!?」

「絵梨、それはヤバいって!」

「あ、あんたたち、これ以上飛嶋君にちょっかいだしたら、もっと酷いことになるよ!」

5人の先輩はそういうと走って逃げた。


「いたぁい…」

「梨央、とりあえず冷やしに行こう」

「うん」

私たちは水場に向かった。


「…大丈夫?」

「だいぶマシになったよ、ありがとう」

梨央は濡らしたハンカチを頬から外した。だいぶ赤みが引いている。昼間、二人の先輩方が口を積むんだ理由はたぶん彼女たちの事があっての事だろう。

「まぁ、そういう系はいると思ってたしね」

「うん。私の情報でもあの人たちの事入ってたよ」

…入ってたなら気を付けようよ…

思わず声に出そうだったが飲み込んだ。


「どうした?」

水飲み場の反対側から声がした。私と梨央は声のほうを向くと、そこには林田先輩がいた。先輩は水を飲みに来たようだ。

先輩は梨央の顔を見ると顔をしかめた。

「その顔、どうした?」

「あ、いえ、何でもないです。よそ見してたら壁にぶつかっちゃって。エヘヘ、ドジっ子ですよね~」

梨央は笑って答えた。しかし、林田先輩の表情は険しい。

「やられたのか?」

「違いますよ~。やだなぁ。あ、こんな顔を飛嶋先輩に見られたら恥ずかしいので今日は帰りますね!林田先輩、ちゃんと梨央は応援してましたって伝えておいてくださいね。約束は破ってないって!お願いしま~す」

梨央はそう言うと私の手を掴んで足早にその場を去った。



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