【出張】帝都アンダルシア
アルファ帝国首都惑星である帝都「アンダルシア」は帝国領の中でも共和国からみて縦深が深い場所にあった。実際に戦争を続けていたとしたらこの惑星を占領するのは共和国の戦力では不可能だったのではないかと思われるような領域の構成だった。
とはいえ封鎖されやすい位置でもありアンダルシアを巡って選帝公たちが争うのに都合がよい場所でもあったのだった。
涼井と国務大臣のアレックスを乗せた共和国海軍第一艦隊は順調に巡航したが、途中から帝国領内ではカルヴァドス・ミッテルライン公爵の艦隊2000隻ほどが護衛として同行した。
共和国と停戦したとはいえ帝国貴族たちの中には共和国に敵愾心を燃やす者たちもいたし小規模な貴族同士の戦闘は散発的に続いていた。
帝国は巨大だったが統一できてないがゆえに共和国が互角に戦争していく余地があったのだった。
惑星アンダルシアは第4惑星で青白く輝く恒星に照らし出された姿は美しかった。
雲がやや多いようだったが豊富な水もあり、やや体積は大きいが居住地域では重力を微調整して人類の生活に合うようにしているとのことだった。
恒星の向こう側では第3惑星が近い軌道で回っているが、そちらも居住可能で、第4惑星が冬の間だけ住むための離宮が建設されているらしい。
ミッテルライン公の艦隊は第4惑星の衛星軌道で待機し、共和国海軍の旗艦ポセイドンがゆっくりと大気圏に突入し慎重な操艦で軍港に直接降り立った。
これだけ巨大なフネが惑星上に降りるというのはこうしたセレモニー以外では基本行われない。それだけに軍港の周囲には一目見ようと帝国首都の市民たちが集まって見物しているようだった。
「やれやれようやくつきましたな」と国務大臣のアレックス。洒落た燕尾服に身を固めている。
「全くですね」と涼井。「それにしても随分大きい軍港ですね」
「私も見るのは初めてだが……」
アレックスはメインスクリーンに映し出された惑星アンダルシアの軍港を目を細めて眺めていた。戦艦ポセイドンはゆっくりと減速しながら慎重に指定されたドックに接近していた。
戦艦や巡洋艦の類が直接乗り付けることができるドックがいくつもあり、すでにいくつかの国の戦艦などが入港しているようだった。
民間船も多少は入港できるようで大き目の輸送船がいくつか見えた。
軍港には黒を基調に金で彩られた、まるで地球の近世の海賊船のような戦艦が入港しているのが見えた。
「……海賊船のようなフネがありますね」
「あぁ、あれは……」
アレックスはスクリーンが見えづらいのか額に手を当てて覗き込むようにそのフネを見つめた。オペレーターに言えば拡大してくれるのだが。
「あれはロストフ連邦の旗艦「ドン」ですな。ロストフ連邦はだいぶ前に共和国から分離独立して以来ずいぶんと独自路線を走っておりますからな」
「なるほどあれが……」
涼井はここに来るまでに、さすが国際知識豊かなアレックスから色々な話を聞いた他、この世界の端末でもいろいろと調べ、それを自身の地球から持ってきたノートパソコンにデータを打ち込んでいた。不思議なことにこの世界には表計算ソフトのようなものがなく数字を人間が眺めて比較するような習慣がないようだった。
ロストフ連邦は12個の惑星を擁するそれなりの国だったが、帝国との戦争については中立をたもち、援軍を出すことも帝国を支援することもなかった。
双方に外交官を派遣しロビー活動は積極的に行っていたようだった。
「おや、あれは……」
軍港が近づいてくるに従って、隣のドックにまるで帆船のようなマストを上方と左右の舷側に伸ばした船が見えた。船体はまるで木造に見える。
「おぉ、これは珍しい。中立惑星ミードの太陽帆の帆船「リケリス」ですな。普段はさすがにリアクト機関で航行しとるらしいのですが、行事では太陽帆を広げて航行するらしいです」
「なるほど……」
涼井は眼鏡をくぃっとあげて帆船に見入った。美しい船だった。
「あちらにはクヴェヴリ騎士団の船もいるし、リマリ辺境伯も来ているようですな。こりゃ一波乱あるかも……」
アレックスがむしろ楽しそうに困った表情をつくる。
つられて涼井も破顔した。
「提督……眼鏡をくぃっとされるなんて久しぶりですね」
と背後からリリヤが現れた。
「リリヤか……」
「そろそろ到着しますよ、少佐の陸戦隊が儀仗編成で待機してます」
「分かった……」
涼井もこの日は礼装に身を固めていた。
少佐に昇進したロッテ―シャとその配下20人ほどが旧式の小銃を抱えて整列している。
扉が開けば儀仗兵がさっと展開し壮大な歓迎セレモニーが始まるのだ。
国務大臣のアレックスを中心として涼井はその隣で待機する。
軽い振動が戦艦ポセイドン全体に響き渡った。
接地したのだろう。
人員向けの舷側ドアが開き、アンダルシアの白く美しい光が飛び込んできた。
儀仗兵がさっと外に向かって展開する。
国務大臣アレックスが先頭に立って歩きだす。
扉をくぐるかくぐらないか、その時、乾いた銃声が響いた。
アレックスが倒れる。
ロッテ―シャがこわばった顔を見せて涼井の腰あたりに組み付いて涼井を引き倒して盾になった。儀仗兵たちは周囲にあわてて伏せて散開する。リリヤも青ざめた表情で「ひぇー!」と言いながら伏せる。
ポセイドンの兵が扉を閉める。
そこまでが涼井にはスローモーションで見えた。
「……!!」
我に返った涼井は倒れたアレックスを見る。
アレックスは左肩を抑えていた。
「大丈夫……スズハル提督。だが肩の骨を砕かれたかもしれん」
「いそぎ医務室へ……!」
陸戦隊の兵士が駆け寄ってきてアレックスをかつぎあげた。
涼井は唇をかみしめて閉まったばかりの扉の向こうを睨んだ。
帝都アンダルシアの長い一日は始まったばかりだった。





