【第二週】旧海賊惑星ランバリヨンでの新オフィス
ヘルメス・トレーディング社のオフィスが旧海賊惑星ランバリヨンに開設されることは、開拓宙域のローカルニュースネットワークによって配信された。
通信の到達速度によって若干の早い遅いはあったにせよ、ヘルメス・トレーディングの代表であるグレッグが発表した。
グレッグは密輸まがいの商売も含めてかなり長い期間にわたって貿易ビジネスをやっていた男で、開拓宙域の海賊や開拓民も知っている者が多かった。
そしてちらりとランバリヨンのオフィスが写り、敏腕女性広報が話題になった。
ぴしっとスーツを着こなしたその女性は黒髪を清潔にまとめ、どことなく威厳のある様子で、新オフィスの説明をしていた。
新オフィスは宇宙港のすぐ側、植民地風の低層ホテルを借り上げてオフィスにしたと説明されており、少しづつ民間の業者などが戻ってきていることもニュース映像には掲載されていた。
その映像にはヘルメス・トレーディング社の護衛ビジネスを担当する現場の船として、海賊のアイラとローランも映し出されていた。
その映像を観ていたトムソンはコーヒーを噴き出した。
惑星ドゥンケルに帰還して事後処理を行い、輸送船を守れなかったが海賊を殲滅したことをロンバルディアに報告したばかりだった。
「海賊のアイラとローラン!?」
トムソンはその映像を食い入るように見つめた。
急に出現したライバル企業のヘルメス・トレーディング。
彼らはあろうことかしばしば銀河商事の輸送船を襲っていたアイラとローランを堂々と映像に出し、海賊惑星であったランバリヨンに進出しているという。
トムソンは焦った。
対海賊プロジェクトへの栄転とは裏腹に、これまで開拓宙域の辺縁部でぬくぬくと育ててきた保険ビジネスの終焉と、惑星ドゥンケルへの異動は、CEO直属といえば聞こえがいいが実際は監視の目もあり彼はストレスを感じていた。
できればここで一花咲かせて再び本社の目の届かないところで自由にやりたいと彼は思っていた。そのためにも対海賊プロジェクトで成果をあげておきたい。
「トムソンが戦艦アンダストラに乗って出発しました!」
部下の男の報告に銀河商事代表取締役CEOのロンバルディアは片眉を上げた。その彼は経営企画室の中堅で、今回の対海賊プロジェクトを支援する立場でもある。
彼は丁度、広々とした個室の机に向かい、艦艇建造プロジェクトの進捗に目を通していたところだった。
「目的は報告されているか?」
ロンバルディアは部下をじっと見つめた。
部下の男は汗をふきふき答える。大抵の銀河商事の社員は、ロンバルディアの一見穏やかだが全てを見抜くかのような視線を怖がっていた。
「はっ……目的は船団の集合と訓練となっていますが、リアクト機関のための反物質構造体は限界まで積載されています。苦労して輸入した質量弾も持ち出されており……」
「ふむ……」
ロンバルディアは余裕のない様子のトムソンの顔を思い描いた。
対海賊プロジェクトで囮として使ったと思われる輸送船団の全滅と海賊の殲滅双方を報告してきたばかりだ。そしてすぐに出撃。
「功を焦ったか?」
「はい?」
「いや……よく知らせてくれた。彼も対海賊プロジェクトで思うところがあるのだろう。いずれにしても足の早いヤドヴィガの船で後を追え。私も出る」
「といいますと、よもや?」
「その通りだ。五番艦を出せ。ちょうど艤装も終わっただろう」
「かしこまりました、準備します」
ロンバルディアは立ち上がった。
トムソンは与えられた権限を使って何かをする気なのだろう。
戦艦アンダストラの実戦テストをさせるつもりだったが、下手に損失を出されても困る。
共和国や帝国の兵器廠とも、フォックス・クレメンス社のような軍需企業とも違う。新たな軍事産業企業としての華々しいデビュー。それは開拓宙域の豊富な資源を使いロストフ連邦などの第三、第四勢力などに販売される。
長年の蓄積のない中堅国家や小国には需要のある最新型の艦艇販売ビジネス。
それは開拓宙域などでバトルプルーフされた製品になる。そしてやがてそうした国家は銀河商事の製品に依存するようになっていく。それが彼の計画の一端だった。
「私の国家にケチをつけるのは許さん……」
ロンバルディアはそう呟いた。
「準備を急げ」
「はいっ」
部下は走って出て行った。
ギャラクシー級戦艦五番艦メルクリウス。その出撃はヤドヴィガ主力の出撃も意味しているのだった。





