“悪夢”
「嫌だっ。嫌だっ。死にたくないっ!」
「ほらほら、しっかり逃げないとぉ」
「殺されちゃうよぉ?」
一人の男が、必死で逃げています。それを、子供が追いかけていますね。どうやら、手には刃物を持っています。
夢、と分かっているからでしょうか。恐怖が湧きません。不思議ですね。そもそも、このような状況に陥ったことがないのでどのような感情が湧くのか分からないだけかもしれませんね。
「俺が、俺が何をしたって言うんだっ! 俺はただっ。依頼を受けてここに来ただけだっ」
「知ってるよ。あなたは悪くないよ」
「当たり前じゃない。だって、これは僕たちの都合だもん」
行き止まり、ですね。このままでは……助けたくても動けませんし、起きることもできません。それでも、意識だけは記憶に刻み付けられるかのようにハッキリしています。まるでこの夢は、見せつけられているかのように。
「嫌だっ。嫌だっ。じにだぐっ、なぃっ!」
「さようなら、魔術師さん?」
「あなたの身体は、貰うね?」
ナイフの一振りで、事切れたのでしょう。話すことすらなくなってしまいました。その後に、二人の子供は笑いながら竜になって飛び立ちました。その時、その竜と目が合った気がします。
「っっ!」
目が覚めてしまいました。目覚めの悪い起き方ですね。悪夢を見て目覚めるって。なんだか、疲れを癒すために寝たのに疲れて起きるなんて。でも、文句を言っても仕方がありませんね。
少しだけ風に当たってから寝るとしましょう。
たしか、夕食を食べた後に少しだけ話をして寝てしまったんだっけ。朝から夕方まで、ずっと訓練していましたからね。さすがに、疲れていたみたいです。
台所の食器が無いところを見ると、片付けてくれたみたいですね。ありがたいです。本来は私の仕事なのですが。
玄関から外に出ると、師匠も外で少しだけ欠けた月を眺めていました。ぼぅ、としているのか私が見ていることにも気がつかない様子です。
「師匠、どうしたんですか?」
「あぁ。少し目が覚めてしまってな。風に当たりに来ただけだ。ミユナもか?」
「そうです。なんか目覚めの悪い夢を見てしまって……」
師匠の隣に立ちます。ヒュルリ、と風が優しく頬を撫でました。師匠も悪夢を見たのでしょうか。なんとなく、ですがそんな気がしてしまいました。
「なぁ、ミユナ。月が綺麗だよな」
「えぇ。そうですね。多分、後二日もすれば満月でしょうね」
優しく照らす月光の下で、会話は続きません。少し経ってから、師匠は先に寝るわ、と言ってから戻っていきました。
そんな師匠の背中を見ながら、私はもう少しだけ月を眺めます。あの時も、こんな感じの月でした。
私の運命を分けた日の夜も。
「お父さん、お母さん。私は幸せです。憧れの人の背中を見つめて、こんなにもゆとりを持って生きています」
もうこの世にはいない、両親に向かって呟きました。最後の最後、私に託して死んでいった私の中の英雄。この命は、私だけのものじゃないんです。託されて、受け継がれた熱の篭った命です。無駄にすることなんて、絶対にできません。
「私も寝るとしますか。なんだか、眠くなってきました」
ゆっくりと扉に手をかけて、開けます。そのまま閉めて。後ろを振り向きました。また、誰かに見られている気がしました。
温泉の時と同じような視線です。でも、きっと気のせいでしょう。明日からは忙しくなるので、気が張っているんだと思います。
そう思って、部屋の中に入りました。鍵はしっかり掛けて私室に戻りってベッドにダイブしました。やっぱり、自分の匂いは落ち着きますね。なんだか、守られている気がします。
横になると、すぅ、と眠ってしまったようです。
※※※
「むぐぅ、朝ですね」
朝日が顔に当たって、目が覚めます。目覚ましをかけるよりも、これが一番確実に私は起きることができる気がします。
朝起きてから、尻尾のブラッシングです。昨日はまったくできて居なかったのでゴワゴワになっていますね。
専用の櫛を使って、少しずついつものフワフワの状態に戻していきます。これが中々落ち着きます。
一通り、綺麗にしてから着替えます。普段着のパーカーにホットパンツ。いつもと変わらない洋服に身を包んでから部屋を出ます。
まだまだ、出発の時間には早いのですが今日の朝食と昼食を作っていたら時間になってしまうでしょう。たくさん、作らないといけないですし。
「それじゃぁ、朝から頑張りますよ!」
そんな小さな独り言を呟いてから、料理を始めていきます。いつものようにトントントン、と小気味良い音を台所から響かせます。