“竜との対話”
「あの、落ち着いてもらえませんか?」
『否定』『殺意』
完全に否定されてしまいました。逃げているだけじゃ、師匠を助けることができません。私だけではまだ、竜を鎮めることはできませんし。これは、とても困りましたね。
魔術で氷を溶かすのもいいですが、下手すると村長さんを燃やしてしまいそうです。さすがに師匠は即座に防御すると思いますし。
「あの、何があったかだけ教えてもらえませんか?」
『否定』『人』『醜悪』『略奪』
おそらく、ですが。私の予想だと、村の人がこの竜に何かをしてしまったのでしょう。それは、この竜の逆鱗に触れてしまったのでしょう。それが何かまでは分かりません。
そうすると、困りましたね。具体的な話が分からないと、解決策が見つけられません。私ができないなら、できる誰かに変わって貰うしかないでしょう! 今は。
「きっと、私達が何かしてしまったのですね? それで、怒っていると?」
『肯定』
辺りには氷が刺さっては溶けて、刺さっては溶けてとして地面には無数の穴が空いています。避けるときに穴に足を取られないようにしないといけませんね。
それにしても、動きながら考えるのは少し難しいですね。何度か、死にそうになりましたよ。
えっと、師匠のやっているようにすればもしかして行けるのではないですか? さすがです、私。名案ですね!
「初めまして、私はミユナ。ミユナ・フォルガードです。貴方の名前は?」
竜の攻撃が止まりました。おぉ、やはり成功だったみたいです。氷の槍が飛んできません。やった! もしかしたら、師匠がいなくても問題を解決できるのではないでしょうか?
あれ? 竜から答えが帰ってきませんね。おかしいです。そして竜をもう一度、見ました。そして、顔が引きつるのが私でも分かりました。
氷の槍では、私に交わされてしまうのが分かったのでしょう。それと、私が反撃しないのも悟ってしまったのでしょう。
竜が脅威の代名詞としても使われる由縁。それでいて、少しの間だけチャージが必要で威力は人を消し去ることができるほど。
そう、竜のブレスです。口にエネルギーが集まってきているのが分かります。さすがにあれを回避するのは難しそうです。だって、半径何メートルもあれば避けることは至難の技でしょう。
もう魔術で防御するしかなさそうです。私の使える最堅の防御魔術。まだまだ制御できていなくて、暴走する可能性もあります。ですが、これでしか私はブレスを防げない。
リスクしかない賭けです。でも、諦めて死ぬにはまだまだ生きていない。だから、分が悪くたってやってやります!
「それは華の盾。華弁は、風に舞い、天へと運ばれる。私は願う。全ての害意を防ぐ神代の華の盾がここに顕現することを《神華の大盾》」
私の詠唱が終わり、奇跡的に《神華の大盾》が顕現したと同時にブレスが放たれました。周りの気温を二桁単位で下げてしまうほどに凍てつく、氷の奔流から大盾は私を守ってくれています。
なんとかブレスが終わると、周りに散らばっていた氷は溶けて気温も少しずつ戻っていきます。あれ? どうして、あの小屋はずっと氷漬けのままなのでしょうか。
「さすが、ミユナ。土壇場で《神代の大盾》を発動させれるなんて。やっぱり、俺が見込んだだけはあるな」
「師匠っ。やっぱり、騙していたんですかっ!」
氷が瞬時に砕けて、中から師匠と村長夫婦が出てきました。その姿を見てはっきりと理解しました。騙されていたと。
私に竜との対話をさせるために、本来ならば直ぐに溶けてしまう氷が溶けないようにしていたんですね。多分、私が解決できるならそれで良くて、解決出来ないようなら颯爽と現れるつもりだったんでしょう。それと竜からも、驚いているのが伝わります。
「しまった!」
私が心を少し荒ぶらせたことにより、奇跡的に発動していた《神代の大盾》は暴走を始めました。純白の華弁は、真っ黒に染まって周りを破壊していきます。
もう、私の制御を離れてしまっている魔術。このままでは、ここら、一体が地図から無くなってしまいます!
「まったく。少し誉めたら、これなんだから。
私は幽霊。魔導空間の守人なり。今、ここに顕現させるは、我が領域。ここに在り、ここに在らず。一時の夢幻で在り、現実でも在り。幽霊はここに在りて、幻と現を混合す!」
一瞬にして、私の暴走して堕ちた《神代の大盾》を右手に開いた穴から呑みこんでしまいました。これが師匠の魔術です。現実と師匠の作り出した夢幻の世界を現実世界と強制的に入れ換えてしまう。そういう魔術だと師匠は笑いながら言っていました。私も実は、さっぱり理解していません。
「さて、竜よ。俺は幽霊。人間に見えるだけで、人間ではない者だ。名前なんてとうの昔に捨てた。おまえの名前は?」
『我が名は、イシュフィード。氷結と浄化の青竜だ』
私にはまったく聞こえない、竜の感情と師匠は対話を始めました。
「なるほど、な。全ては人間が悪かったって訳か」
数十分の長い話が終わった後に、師匠はそう言いました。なんだかとても悲しそうな顔です。もう日は完全に沈んでしまい、真夜中ですが私にははっきりと見えます。やはり、やらかしていたのは私達の方だったみたいです。
「村長。この竜の言い分を伝えよう。『ここは我らの領域。人なぞ、そこらの虫となんら変わらない。だが、それとて我が領域が汚れていくのは看過できない。それでも我は我慢をかさねた。それでも、己の過ちに気付かぬ虫を駆除しようとしたまでだ』だとさ。要するに、だ」
師匠は村長さんに向かって話していきます。村長さんも複雑な顔をしています。今まで気付かなかったのでしょう。
私には竜の感情はほとんど聞こえません。才能がほんの少ししかないからです。でも、それでも諦めたりはしません。いつかは師匠と同じぐらいに強くありたいです。
「村長、あんたの打ち出したここ等の観光地化計画は別に竜も気にしては居ないらしい。むしろ、程よく騒がしくて趣があるそうだ。だが、観光客たちがそこらに捨てていくゴミをなんとかしてくれ。毎週末に全員でゴミを拾う、とかな。もしくは、観光客に徹底してゴミは所定の場所に捨てさせる、とかな? それができないなら、諦めろ」
「そうでしたか……」
ゆっくりと、優しく微笑んだ村長を、私は見ました。おそらく、これで一件落着でしょう。なんてたって、村長さんは優しい人でしょうから。
「あの、魔術師様。かの飛竜に伝えてはくれませんか?」
「え、やだよ。村長、自分で言いな」
普通に断られた村長が驚いた顔をしている。その後に、覚悟を決めた顔で竜に近づいて行きます。それを竜はしっかりと見ています。
「これまでの、私達の無礼を許して頂きたい。明日より全ての村人を集めて、この事実を周知徹底させます。ゴミはこれから多くを集めていきます。私達もこの地が好きです。なので、これからも貴方様の領域で生活させて貰ってもよろしいですか?」
「え、通訳しろって? えぇ、やだよ。面倒だもん。ある程度は伝わったんじゃないの?」
「師匠、少しは空気読みましょうよ」
私は苦笑いしながら師匠に近づいて行きます。もちろん、騙したことはまだ怒っています。でも、今怒るのは少し場違いな気がするので後でしっかりと怒ります。
「はぁ、分かったよ。可愛い弟子からの頼みだ。『お前らの覚悟は良くわかった。一度だけ機会を与える。一度だけだ。次はないからな』だとよ」
「ありがとうございます。しっかりと肝に命じて置きます」
「あ、そうそう。俺達はもう少しここで、竜と話すからさ。帰って貰っていいか? もう完全に深夜だしな。俺達の心配はしなくて良い。そこの小屋で寝るさ。屋根と壁があるだけで十分だからな。気にしないでくれ」
師匠がそんなことを言いました。不思議ですね。そんなことを言うなんて。その言葉にしぶしぶ村長夫妻は夜の闇に消えていきました。
「師匠、どうしてそんなことを?」
「村長らには、ああ言ったが実際は村長達が原因じゃないからな。今回の騒動の原因は」