“魔術師”
「魔術師様、なのかい? そっちの兄さん」
「ん? あぁ、そうだよ。なぁ、ミユナ」
今、私達は村長さんの家で夜ご飯を食べています。ここに来たのは、『氷を吐く飛竜を鎮めてくれ』と依頼が来たからです。なんでも、氷を吐く竜が来てから、観光客が怖がってだれも寄り付かなくなってしまったそうです。
私達、魔術師には竜と対話する能力があります。その能力を使って、竜達が何が不満なのか、何を求めているのかを聞き、人間と竜の橋渡しをする。大切な役職です。
その中でも、師匠はとびっきり強くて、不思議な人です。ぼんやりとしか聞こえない筈の竜の声を完璧に聞くことができるのです。ですが、今となっては私が居ないと一週間も経たずに生活できなくなるほど、生活能力がないです。
それでも、自慢の師匠ですよ! 能力だけではなくて、人としても。
「ミユナさん? 無視ですかぁ~?」
「ふゅぁっ! もう、師匠! いきなり尻尾をモフモフしないでくださいっ!」
私が考え事をしていて、話を聞いてなかったのが悪いです。でも、だからって、いきなり私の尻尾をモフモフするのはダメです!
獣人族の、特徴である耳や尻尾を触っていいのは家族だけです。人によっては、多種族に不用意に触られて、争いの火種になることだってあるんですよ! 何回も説明しているのに、師匠ったら、さ、触り心地が良いからって、隙を見て触ってくるんです。とても困ってしまいます!
抗議の意味も含めて、まだモフモフしている手を尻尾を使って床に叩きつけてあげました。バチンッ、と硬い音がして師匠の悲鳴が聞こえましたが無視です!
「それで、師匠。話はなんですか?」
「ったぁ……床に叩きつけるのは、うわぁ、目が怖い」
師匠が悪いんですからね? と意味こめて睨みました。その後、師匠の皿から串焼きを一本奪います。師匠は、苦手なものを最後に残すので多分これは絶対に口を付けないでしょうから。それに師匠、酔いすぎです。どれだけ飲んだんですか。
「いやね、俺が中々強い魔術師だってこと。後、ミユナ。それ、俺の食べかけな」
「そうですね。とっても強い魔術師だと思い……って、え、あ、ごめんなさいっ。師匠。師匠の唯一食べれるものを奪ってしまって! てっきり、食べないと思ってました」
顔が赤くなるのがわかります。尻尾も耳も毛が逆立っているのが感覚でわかります。え、師匠が食べたものを食べた? それって、か、かんせ、あぅ……
「うわぁ、中々に辛辣ぅ。ま、事実だけどね。まぁ、その面白い反応が見れたから満足だ。可愛い、可愛いって……あの、睨むのやめて貰っていい?」
「ははっ。魔術師様はお弟子にも慕われているご様子。その様子であるなら、きっと竜も鎮めていただけるでしょう」
村長さんは、私達の行動を見ながら笑っています。なんだか懐かしげです。
ですが、師匠。からかわないでくださいっ。分かっててやったでしょう!
「あの、ここら辺は温泉が有名でしてね。どうですか? お食事も済んだみたいですし、食後に温泉に入られるのは」
村長さんの奥さんでしょうか? 少し歳をとった女性が提案してきました。温泉、ですか。あまり町でも、忙しくてお湯に浸かることはできないのでたまには1人でのんびりと入るのも良いですね!
「え、いいんですか? 是非、入りたいです。あ、師匠。何、平然と一緒に入ろうとしているんですか? もちろん、別々ですよ?」
「あー、俺も弟子に背中を洗って欲しかったなー」
どうして、ちゃっかり腰をあげているんですか? 師匠。嫌ですよ。同性だったらまだしも、師匠は男ですよね。それに、そんな棒読みで言ったって嫌ですよ。
「分かった、分かった。俺は1人で月見酒でもするよ。だから先に行ってこい」
ちょっと悲しそうに視線を下ろして、手を振って言ってきました。からかわずに、そのまま言うなんて珍しいですね。でもまぁ、言葉に甘えて先に入ってくるつもりです。
後ろの荷物から、温泉などに入るとき用の着替え一式が入ったら袋を取り出します。
「では、こちらに……」
村長さんの奥さんに連れて、別の小屋へと向かっていきます。少しずつ温泉の独特の匂いがしてきました。これは期待できます!
「ここが、温泉ですよ。終わったら、教えて下さいね。着替えは置いておきますね」
そう言うと、村長さんの奥さんはもと来た道を戻っていきました。
服を脱いで、温泉へと向かっていきます。扉を開けると湯気が立ち上る温泉でした。
体を簡単に洗った後に、お湯に浸かります。暖かくてとても気持ちいいです。ここまで来るのに、とても歩いたので足がジンジンして気持ちいいです!
「ん、誰かに見られてる? 師匠ですかー?」
ザバァ、とお湯の中で1人で立って言いました。誰も何も言いませんね。でも、見られている感覚だけは無くなりました。師匠なら、バレたか、さすが鋭い! とか言ってから消えるので師匠じゃないですね。
「気のせいって、ことで」
久々の温泉です。細かいことは気にしたらいけないです。お湯の中に浮いて、いつもとは違う感覚の尻尾を触りながらお湯に浸かりなおしました。
そんなこんなで、長い時間入って上がってきました。獣人の頑丈な体では、逆上せることもあまりありません。毒も効きづらいですしね。師匠も入りたいでしょうから、早めに戻ってきてあげましょう。
上がって、師匠たちのいる部屋に戻るために歩いていると火照った体に少し涼しい風が当たってとても気持ちがいいですね。ここは、とても良い場所です。ご飯も美味しくて、温泉もあって。
「師匠、あがって来ましたよ! って、あれ?」
なんと言うことでしょう。私が帰ってくると、師匠達がいた小屋が氷漬けになっていました。氷に阻まれて中の匂いも分かりません。
そんな時でした。目の前にいきなり竜が現れたのは。大きさは目の前の氷漬けにされている小屋よりも大きいので、私が今まで見た竜で一番大きいです。
『殺意』『驚き』『憎悪』
目の前に現れた、薄水色の竜からはそんな感情が聞こえました。才能のない私にとって、竜の感情は、単語としてしか聞こえないです。
でも、とりあえず。私が殺されないために、師匠を助けるとしましょう!
目の前の竜が作り出した氷の槍をヒラヒラと避けながら氷漬けになった小屋へと向かっていきます。
「師匠、無事でなくても、生きてては下さいね」