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俺は勇者じゃなくて、釣り人なんだが  作者: 夢野楽人
第三章 湖めぐり旅

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宴会は楽しい

「ヘスペリスの平和を祈って乾杯!」


 乾杯の音頭をとったのはエリックさん。全員ワイングラスを持ち上げて、一口飲む。

 ワインを飲んだことはなかったが、口当たりは良くて酸っぱくもなかった。

 赤ワインの出来が良いのだろう。


 あとは全員ナプキンをつけて、料理を食べ始める。

 マナーはほんとに気にせずに済んだ。俺の隣でエリックさんが、豪快に食っていたからだ。


 音を立ててソースが跳ねようが、皿から料理が落ちようが、おかまいなしだ。

 これで俺やフローラ達はかなり気が楽になる。上品に食べてるのは雅くらいだろう。


 ちなみに雅の隣にはミシェルがいて、落ちつかない様子だ。

 どうやら衣装部屋に行った途端、強引に着せ替えさせられたらしい。


 騎士隊長であるが王国の貴族でもあるので、晩餐会に同席しても問題はない。

 俺を見たり、ワインを飲んだりして気を紛らわそうとしていた。


 食っているうちに酔いもまわり、気もゆるんでくる。

 やはり酒が入ると、人は警戒心がなくなり打ち解けやすくなるものだ。


 俺はエリックさんから、アルザス国の成り立ちを聞いていた。


「ヘスペリスに召喚されて、セレネ湖の神怪魚を倒したのは数百年前かのうー。とは言え、人族のみんなで戦ったし、神怪魚も大して強くはなかった。海彦殿が相手をしたのは正に化物で、退治したのは凄いことなんじゃよ」


「いやいや、俺は何もしてませんよ。亜人達と武器のお陰です。エリックさんも、地球文明を持ちこんだんですよね?」


「モルタルもガラスも儂の国(・・・)にあった産業じゃ、だから知ってただけで大したものではない。それも大きな力の前には、全て奪われた……」


「えっ!?」


「その話は、また今度にしよう。今日は楽しんでくれ。しばらくはアルザスにおるんじゃろ? 海彦殿」


「ええ、ご厄介になります」

「好きなだけいてくれ。娘もよろしくな。さてと……」


 俺が引きつった愛想笑いを浮かべていると、エリックさんはビール瓶を持って、フローラ達に酒をいで回り始めた。


 一人一人に話しかけては、村や族長のことを聞いている。

 決して威張らず、女達に気を配っており談笑がたえない。

 懐の深い太っ腹の社長のように俺は思えた。


 エリックさんが上司であれば、身命をなげうってでも尽くすだろう。

 ミシェルからも慕われているようである。


 まさに親代わり、俺にとってはたもつ叔父さんがそうだった。


「良い王様だ。族長達と同じだ」

 上に立つ者がしっかりしてるからこそ、村や国は成り立つのだろう。


 ……あれ!? 何か気になる言葉(キーワード)があったような……「倒してから数百年」、「わしの国」……うーん、酒で頭が回らない。また今度聞こう。


 入れ替わるように雅がやってきて、ビールを注いでくれる。


「あんがと」


「海彦様、日本のお話をお聞かせ願えませんか?」


「いいけど、あんまり面白いもんじゃないぞ。ところで姫さんは東洋系なのか? 気にさわったらすまん。どうも日本人にしか見えなくてな……」


「いえいえ、そもそも人族は異界人エトランゼの子孫なのです。それも地球人とは限りません。もしかしたら、私の先祖に日本人がいたかもしれません……昔のことは誰にも分かりませんね」


「そっか、ヘスペリスに召喚されて長年住み続けたら、出自なんか誰も気にしなくなるわな」


「はい、亜人との混血も多いです」


 俺は日々の生活や身の上話を、雅に話して聞かせた。

 やや愚痴まじりではあったが、真剣に話を聞いてくれたので俺はうれしい。


 話し相手がいるのはありがたいものだ。

 一人ではさびしいもので、フローラ達にも感謝している。


 酒というのは便利なもので、酔った勢いということにすれば、ため込んでいる思いを吐き出せる口実にできる。


 宴もたけなわ、俺は持ってきたリュックの中から、デジカメを取り出す。


「みんな集まってくれ、記念写真を撮る」


 エリックさんを中心にフローラ達が寄り添う。集合写真だ。

 俺はレンズを向けて、シャッターを切った。あとは個別に写真を撮る。

 初めて撮影される雅とミシェルは、やや緊張していた。


 この旅が始まってから、俺は写真を撮り始めていた。

 記念に残そうと思ってのことである。今まではそんな余裕もなかった。


 何枚か撮ったあと、エリックさんにカメラマンをやってもらう。

 王様にたいして失礼かと思ったが、エリックさんは興味津々でカメラをいじっていた。


「ここのボタンを押すだけじゃな?」


「ええ、最新型のデジタルカメラなんで、補正は自動的にやってくれます。酔っ払ってても大丈夫です」


「これが写真機か、やはり機械は凄いのう」


「あとで、印刷してお渡しします――!」


 いきなり部屋の扉が開けられ、物音に俺達は振り返る。


 ドレス姿で会場に飛び込んできた者がいた。

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