宴会は楽しい
「ヘスペリスの平和を祈って乾杯!」
乾杯の音頭をとったのはエリックさん。全員ワイングラスを持ち上げて、一口飲む。
ワインを飲んだことはなかったが、口当たりは良くて酸っぱくもなかった。
赤ワインの出来が良いのだろう。
あとは全員ナプキンをつけて、料理を食べ始める。
マナーはほんとに気にせずに済んだ。俺の隣でエリックさんが、豪快に食っていたからだ。
音を立ててソースが跳ねようが、皿から料理が落ちようが、おかまいなしだ。
これで俺やフローラ達はかなり気が楽になる。上品に食べてるのは雅くらいだろう。
ちなみに雅の隣にはミシェルがいて、落ちつかない様子だ。
どうやら衣装部屋に行った途端、強引に着せ替えさせられたらしい。
騎士隊長であるが王国の貴族でもあるので、晩餐会に同席しても問題はない。
俺を見たり、ワインを飲んだりして気を紛らわそうとしていた。
食っているうちに酔いもまわり、気もゆるんでくる。
やはり酒が入ると、人は警戒心がなくなり打ち解けやすくなるものだ。
俺はエリックさんから、アルザス国の成り立ちを聞いていた。
「ヘスペリスに召喚されて、セレネ湖の神怪魚を倒したのは数百年前かのうー。とは言え、人族のみんなで戦ったし、神怪魚も大して強くはなかった。海彦殿が相手をしたのは正に化物で、退治したのは凄いことなんじゃよ」
「いやいや、俺は何もしてませんよ。亜人達と武器のお陰です。エリックさんも、地球文明を持ちこんだんですよね?」
「モルタルもガラスも儂の国にあった産業じゃ、だから知ってただけで大したものではない。それも大きな力の前には、全て奪われた……」
「えっ!?」
「その話は、また今度にしよう。今日は楽しんでくれ。しばらくはアルザスにおるんじゃろ? 海彦殿」
「ええ、ご厄介になります」
「好きなだけいてくれ。娘もよろしくな。さてと……」
俺が引きつった愛想笑いを浮かべていると、エリックさんはビール瓶を持って、フローラ達に酒を注いで回り始めた。
一人一人に話しかけては、村や族長のことを聞いている。
決して威張らず、女達に気を配っており談笑がたえない。
懐の深い太っ腹の社長のように俺は思えた。
エリックさんが上司であれば、身命をなげうってでも尽くすだろう。
ミシェルからも慕われているようである。
まさに親代わり、俺にとっては保叔父さんがそうだった。
「良い王様だ。族長達と同じだ」
上に立つ者がしっかりしてるからこそ、村や国は成り立つのだろう。
……あれ!? 何か気になる言葉があったような……「倒してから数百年」、「儂の国」……うーん、酒で頭が回らない。また今度聞こう。
入れ替わるように雅がやってきて、ビールを注いでくれる。
「あんがと」
「海彦様、日本のお話をお聞かせ願えませんか?」
「いいけど、あんまり面白いもんじゃないぞ。ところで姫さんは東洋系なのか? 気に障ったらすまん。どうも日本人にしか見えなくてな……」
「いえいえ、そもそも人族は異界人の子孫なのです。それも地球人とは限りません。もしかしたら、私の先祖に日本人がいたかもしれません……昔のことは誰にも分かりませんね」
「そっか、ヘスペリスに召喚されて長年住み続けたら、出自なんか誰も気にしなくなるわな」
「はい、亜人との混血も多いです」
俺は日々の生活や身の上話を、雅に話して聞かせた。
やや愚痴まじりではあったが、真剣に話を聞いてくれたので俺はうれしい。
話し相手がいるのはありがたいものだ。
一人ではさびしいもので、フローラ達にも感謝している。
酒というのは便利なもので、酔った勢いということにすれば、ため込んでいる思いを吐き出せる口実にできる。
宴もたけなわ、俺は持ってきたリュックの中から、デジカメを取り出す。
「みんな集まってくれ、記念写真を撮る」
エリックさんを中心にフローラ達が寄り添う。集合写真だ。
俺はレンズを向けて、シャッターを切った。あとは個別に写真を撮る。
初めて撮影される雅とミシェルは、やや緊張していた。
この旅が始まってから、俺は写真を撮り始めていた。
記念に残そうと思ってのことである。今まではそんな余裕もなかった。
何枚か撮ったあと、エリックさんにカメラマンをやってもらう。
王様にたいして失礼かと思ったが、エリックさんは興味津々でカメラをいじっていた。
「ここのボタンを押すだけじゃな?」
「ええ、最新型のデジタルカメラなんで、補正は自動的にやってくれます。酔っ払ってても大丈夫です」
「これが写真機か、やはり機械は凄いのう」
「あとで、印刷してお渡しします――!」
いきなり部屋の扉が開けられ、物音に俺達は振り返る。
ドレス姿で会場に飛び込んできた者がいた。




