口八丁な王女様にはかなわない
「あのー王女様、婚約者はやめて欲しいんだがー……」
「まあ! そんな他人行儀な! どうか雅とお呼びください、海彦様」
「いやいや、今日初めて会ったばかりだろ!?」
「遅かれ早かれ、夫婦になるのですから、呼び捨てで構いません」
「…………」
最初から雅のペースだ。どうもらちがあかない。
人の話を聞かずに、強引に進めるタイプの人間なのだろう。
その点はフローラやハイドラも同じ、俺の都合を考える気がなく困ったものだ。
こうなったら根気よく粘って説得するしかない。
「いや、俺は異界人だし結婚する気はない。雅さんにはもっと相応しい、お相手がいると思う。貧乏庶民の俺とは釣り合わないよ」
「出自はヘスペリスでは何の意味もありませんわ。家柄で差別するような国や村はございません。何より海彦様は神怪魚を倒し、立派な武勲を上げられました。そればかりか機械技術を教えて下さり、文明の発展に寄与されました。心より御礼申し上げます」
「いやいや! 神怪魚を倒したのは亜人達だし、機械を作ったのもドワーフだ。俺は本の通訳をしただけだから、礼を言われるようなことはしていない」
「おほほほほ! 御謙遜を。ますます海彦様に惹かれてしまいますわ!」
駄目だ、この王女さんには敵わない。どうも論点を上手くずらされてしまう。
まあ、褒められて悪い気はしないので、俺の気分は良い。
……豚もおだてりゃ、木に登る。
はっ! すでに雅の術中にはまっているのか!?
そうか、「勇者」という社会的地位が大きいので利用したいのだろう。
有名人と一緒になれば話題にはなるし、英雄譚は人に感動を与えるから、国を治めるには便利だ。
そうだとすれば合点がいくし、結婚相手が良ければ女の見栄も張れる。
俺は女子アナに食われる野球選手じゃねー!
この王女さんは、とんだ食わせ者だ。
わざわざ俺を出迎えにきたのも、「婚約者」として広めるためであり全て計算づくだ。
恐らく既成事実を積み上げて、俺を結婚まで追い込む気なのだろう。
裸で迫られるより質が悪い。頭の切れる女もいるわけか……。
俺は恐ろしくなって顔色を変えた。
これに雅は感づいたようで、本音で語り出した。
「……かなり強引でしたね。お詫びします海彦様。でもお見えになると聞いて、私はジッとしていられませんでした」
「えーと、どう言うこと?」
「王……父君からは城で待つように言われてましたが、私は気が短くまどろっこしいのは、好きではないのです」
「……それで、雅様は城から馬車で飛び出してしまわれたのだ……たったお一人で。慌てて私と親衛隊が後を追いかけたが、馬車は港に着いてしまい間に合わなかった。城に戻るわけにもいかず、海彦が来るのをそのまま待つしかなかった」
「そうだったのか……」
ミシェルが詳しく教えてくれたので、事情は分かった。
ようは雅が勝手に動いたから、これに住民と騎士が振りまわされたわけか。
雅はかなり活発な王女様のようである。だとすると、絶対に引かないタイプの人間だ。
どんな障害があっても、俺をあきらめたりはしないだろう……説得は無意味だ。
これは参った。頭痛の種がまた増える。
「私は一刻も早く、海彦様にお会いしたかったのです!」
「…………」
雅はキラキラと目を輝かせており、俺はもう何も言えない。
悩んでいる間に、馬車は街中を抜けて坂道を登り始める。
気分転換に外を見れば、広い耕作地が一面に広がっていた。
たくさんの大人達が働いており大規模である。恐らく集団農場だ。
港も立派だったし、王国はあらゆる産業が盛んなのだろう。
異界人の王様がいかに優れているかが分かる。誰もが笑顔なのもすばらしい。
やがて城が見えてくるが、石造りではなく立てこもる要塞でもなかった。
小高い丘の上に、赤レンガの塀で囲まれた大きな屋敷がある。
広い庭園のある宮殿で、近くには井戸や森があり住むには快適そうだ。
戦争もないから砦は必要はないのだろう。と俺は思ったのだが……。
「着きましたわ」
「はい……」
馬車が止まったので俺が先に降りる。高い場所から見えた景色は、大きな街とそれを囲んでいる城壁だった。
また宮殿の両隣には、二つの尖塔がそびえ立っている。
尖塔は恐らく避難場所で、入り口が一つしかないから立てこもるには最適だ。
アルザスの防備は万全と言える。
宮殿の正面玄関にはメイドやフットマンが横に立ち並び、騎士達が護衛についていた。
長い赤絨毯の真ん中にいるのは、一人の偉丈夫。人間の王様だろう。
わざわざ出迎えてくれたようだ。いや、王女を心配して外にいたのかもしれない。
王様は外套を羽織った軍装姿でかなり格好がいい。顔もいかつく威厳がある。
身長はエルフほどではないが俺より高い……どこかで見たような?
目は雅と同じくダークグリーン。灰色の髪……あれっ?
俺は挨拶されて王様の正体に気づく。声を聞いてハッキリわかった。
「よう来てくれたのう。海彦殿」
「……もしかしてエリックさん? えっ! 王様!?」
「ああ、そうじゃ。わははははははは!」
エリックさんは豪快に笑った。




