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俺は勇者じゃなくて、釣り人なんだが  作者: 夢野楽人
第三章 湖めぐり旅

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口八丁な王女様にはかなわない

「あのー王女様、婚約者はやめて欲しいんだがー……」


「まあ! そんな他人行儀な! どうかみやびとお呼びください、海彦様」


「いやいや、今日初めて会ったばかりだろ!?」


「遅かれ早かれ、夫婦めおとになるのですから、呼び捨てで構いません」


「…………」


 最初から雅のペースだ。どうもらちがあかない。

 人の話を聞かずに、強引に進めるタイプの人間なのだろう。

 その点はフローラやハイドラも同じ、俺の都合を考える気がなく困ったものだ。


 こうなったら根気よく粘って説得するしかない。


「いや、俺は異界人だし結婚する気はない。雅さんにはもっと相応ふさわしい、お相手がいると思う。貧乏庶民の俺とは釣り合わないよ」


「出自はヘスペリスでは何の意味もありませんわ。家柄で差別するような国や村はございません。何より海彦様は神怪魚ダゴンを倒し、立派な武勲を上げられました。そればかりか機械技術を教えて下さり、文明の発展に寄与されました。心より御礼申し上げます」


「いやいや! 神怪魚を倒したのは亜人達だし、機械を作ったのもドワーフだ。俺は本の通訳をしただけだから、礼を言われるようなことはしていない」


「おほほほほ! 御謙遜ごけんそんを。ますます海彦様に惹かれてしまいますわ!」


 駄目だ、この王女さんには敵わない。どうも論点を上手くずらされてしまう。

 まあ、褒められて悪い気はしないので、俺の気分は良い。


 ……豚もおだてりゃ、木に登る。


 はっ! すでに雅の術中にはまっているのか!?


 そうか、「勇者」という社会的地位ステータスが大きいので利用したいのだろう。


 有名人と一緒になれば話題にはなるし、英雄譚えいゆうたんは人に感動を与えるから、国を治めるには便利だ。


 そうだとすれば合点がいくし、結婚相手が良ければ女の見栄も張れる。


 俺は女子アナに食われる野球選手じゃねー!


 この王女さんは、とんだ食わせ者だ。

 わざわざ俺を出迎えにきたのも、「婚約者」として広めるためであり全て計算づくだ。

 恐らく既成事実を積み上げて、俺を結婚まで追い込む気なのだろう。


 裸で迫られるよりたちが悪い。頭の切れる女もいるわけか……。

 俺は恐ろしくなって顔色を変えた。

 これに雅は感づいたようで、本音で語り出した。


「……かなり強引でしたね。お詫びします海彦様。でもお見えになると聞いて、私はジッとしていられませんでした」


「えーと、どう言うこと?」


「王……父君ちちぎみからは城で待つように言われてましたが、私は気が短くまどろっこしいのは、好きではないのです」


「……それで、雅様は城から馬車で飛び出してしまわれたのだ……たったお一人で。慌てて私と親衛隊が後を追いかけたが、馬車は港に着いてしまい間に合わなかった。城に戻るわけにもいかず、海彦が来るのをそのまま待つしかなかった」


「そうだったのか……」


 ミシェルが詳しく教えてくれたので、事情は分かった。

 ようは雅が勝手に動いたから、これに住民と騎士が振りまわされたわけか。

 雅はかなり活発な王女様のようである。だとすると、絶対に引かないタイプの人間だ。


 どんな障害があっても、俺をあきらめたりはしないだろう……説得は無意味だ。

 これは参った。頭痛の種がまた増える。


「私は一刻も早く、海彦様にお会いしたかったのです!」


「…………」


 雅はキラキラと目を輝かせており、俺はもう何も言えない。

 悩んでいる間に、馬車は街中を抜けて坂道を登り始める。


 気分転換に外を見れば、広い耕作地が一面に広がっていた。


 たくさんの大人達が働いており大規模である。恐らく集団農場だ。

 港も立派だったし、王国はあらゆる産業が盛んなのだろう。

 異界人の王様がいかに優れているかが分かる。誰もが笑顔なのもすばらしい。

 

 やがて城が見えてくるが、石造りではなく立てこもる要塞でもなかった。

 小高い丘の上に、赤レンガの塀で囲まれた大きな屋敷がある。


 広い庭園のある宮殿で、近くには井戸や森があり住むには快適そうだ。

 戦争もないからとりでは必要はないのだろう。と俺は思ったのだが……。


「着きましたわ」


「はい……」


 馬車が止まったので俺が先に降りる。高い場所から見えた景色は、大きな街とそれを囲んでいる城壁だった。


 また宮殿の両隣には、二つの尖塔がそびえ立っている。

 尖塔は恐らく避難場所で、入り口が一つしかないから立てこもるには最適だ。

 アルザスの防備は万全と言える。


 宮殿の正面玄関にはメイドやフットマンが横に立ち並び、騎士達が護衛についていた。

 長い赤絨毯の真ん中にいるのは、一人の偉丈夫いじょうふ。人間の王様だろう。


 わざわざ出迎えてくれたようだ。いや、王女を心配して外にいたのかもしれない。


 王様は外套コートを羽織った軍装姿でかなり格好がいい。顔もいかつく威厳がある。


 身長はエルフほどではないが俺より高い……どこかで見たような?


 目は雅と同じくダークグリーン。灰色の髪……あれっ?


 俺は挨拶されて王様の正体に気づく。声を聞いてハッキリわかった。


「よう来てくれたのう。海彦殿」


「……もしかしてエリックさん? えっ! 王様!?」


「ああ、そうじゃ。わははははははは!」


 エリックさんは豪快に笑った。

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