勇者に頼るしかない
もう一人の少女は泳ぎながら、魔法で戦っていた。
獣耳少女をサポートし、「影」の注意を引きつけながら泳いでいる。
速い!
それもそのはず、彼女は人魚である。下半身は魚であり尾ひれがあった。
使う魔法も水圧で敵を押しつぶすことができるのだが、これも「影」には効いておらず、当たった水は弾かれていた。
「くっ!」
二人は協力して、「影」と何度も戦っているが全敗。
いつも命からがら退散していて、生きているのが不思議なくらいだった。
今回も旗色は悪い。全力で戦うだけで、攻め方もワンパターンなので意味がない。
身体能力はあるが、策というものを知らなかった。
軍師か参謀役がいれば、また違った戦い方が出来ただろう。
「はあ……はあ……」
「ふう……ふう……」
やがて体力・魔力を使い切り、二人の息は荒くなる。
動きが遅くなったところに、「影」からの攻撃をくらう。
「あがっ!」
たった一撃で獣耳少女は吹っ飛ばされ、はるか遠くへ飛んでいく。
ダンプカーに衝突したようなものだ。
体が頑丈なので死んではいないが、空中で気を失っていた。
「あ……ちゃーん!」
人魚は泳いで追いかけて助けにむかう。こうして今日も負けた。
敵である「影」は気にした風もなく、魚を捕って食っていた。
人魚は水に落ちた獣耳少女を見つけ、沈む前に背中に乗せる。
そのまま泳いで湖の畔へと向かい、やがて湿地にたどり着いた。
すると、尾ひれは二本の足に変わり人魚は歩き出す。
童話のように薬を飲んだ訳ではなく、魔力で尾を変化させたのだ。
声も出せるし足が痛むこともない。一応、陸地でも生活はできる。
普段は水のある洞窟で暮らしているが、人魚は女性しかおらず人間や亜人の男と交わって、子供を作っていた。
年頃になると陸に上がって誘いをかける。決め台詞は、
「お兄さん、お兄さん、私といいことしなーい?」
素っ裸の美人に言われて、落ちなかった男はいない。理性も軽く吹っ飛ぶ。
こうして人魚族は子孫を残していた。
人魚は獣耳少女を背負ったまま、密林の奥に向かい、葉っぱのある場所に獣耳少女をそっと寝かせた。
二人の住処であり、一緒に暮らしていた。
気絶したままの獣耳少女に、人魚は大声で呼びかける。
「アマラちゃん! アマラちゃん! しっかりして!」
「うっ! シレーヌ……」
「良かったー!」
獣耳少女が気がつくと、人魚は抱きついて喜ぶ。
二人は親友であった。
洞窟に迷い込んだアマラが、シレーヌと偶然に出会って友達になったのだ。
その後、二人は食べ物を持ちよって会うようになる。
アマラが獣肉を、シレーヌが魚を、捕った獲物を一緒に食べるのだ。
こうして二人は人知れず、楽しい日々を過ごしていたのだが、異変が起きる。
湖に神怪魚が現れたのだ。
一番被害を受けたのは人魚族である。水は深緑色の瘴気に毒され汚れてしまう。
こうなると湖に住むのは危険で、陸地に逃げる他はなかった。
心良く受け入れてくれたのは獣人族である。
アマラとの縁もあるが、代々それなりに友好関係を築いていたのだ。
親友を助けるべく、巫女たるアマラは神怪魚と戦うことにした。
獣人族の長老からは猛反対されたが、同じ巫女のシレーヌと一緒に村から飛び出してしまう。
「アマラが神怪魚を倒す!」
とは言ったものの、未だに勝てずにいた。
努力や根性でどうにかなる相手ではなく、二人の見通しは甘かった。
かといって村に戻る気はない。啖呵を切ったからには意地もある。
アマラは気絶してる間、女神の啓示をうけていた。
「……女神ニュクス言った。『勇者に頼れ』と……」
「え! そうなんだ!? 私に女神様のお言葉はなかったなー」
「そうか……だが勇者どこにいる?」
「姉様達に聞いたことがある。きっと人間の国にいるよ。一緒に行って見ようアマラちゃん。勇者様に頼んでみよう!」
「アマラ分かった。シレーヌと人間の国に行く」
「うん!」
少女のように見えるが、二人は成人女性だった。ただ精神はまだまだ幼く知識もない。
こうして二人はアルザスへと旅立つ。
海彦はまだ知らない。新たなる嫁候補が近づいてることを……。
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