船旅は楽しい
「わざわざ、ありがとうございます……て、手紙が読めん。フローラ頼む」
「……ようは人間の国への招待状よ。丁寧に書いてあるだけで、他は特にないわ、本当よ……」
そう言ったフローラを俺は疑った。どうもコイツは嘘をつくとき目線をそらす癖がある。
ハイドラも手紙を見て、ニヤニヤしているだけだった。
俺は後で知ったが、「娘を紹介するのでよろしく」という文言が手紙に書いてあったのだ。
この時の俺は知りようもなく、後でもめ事になる。
「分かりました。明日にはセレネ湖に向けて出航するので、恐らく二、三日で国に到着すると思います。王様によろしくお伝えください」
「了解しました。では直ちに!」
「気をつけて」
俺はハンスさんを見送り、旅の準備をする。のんきに構えるつもりはない。
時は金なり、即断・即決・即行動である。
食料や荷物をクルーザーに積み込んでいる内に、夕方になっていた。
夜にはみんなが集まって、壮行会が宿泊所で開かれることになった。
エンジン開発の成功と、旅の安全を祈願しての宴会だ。
なんやかんや理屈をつけても、大勢でビールを飲みたいだけかもしれない。
族長達は娘と離れるのは嫌そうだったが、止めようもないのだろう。
もう大人になった以上、いつまでも束縛することはできないし、旅を反対しようものなら恨まれる。
それは親にとっては辛い。
「海彦殿、娘達をよろしく頼む」
「分かりました。頑張ります」
男親達は俺に頼むしかなかった。ただ、娘の身を案じたのではない。
俺は何だか新婚旅行に行くような気分にさせられていた。
ヘスペリスに夫婦で旅に出る風習はないが、娘を俺にあずけて子作りをさせようという魂胆だ。
嫁にもらったわけじゃない!
……それから数時間後、宴会に終わりがなかった。空のビール瓶が山となる。
うわばみどもめー!
「いい加減、お前ら寝ろ――――!」
俺が喚いても無駄である。どうも亜人達は、イベント前日に騒ぎたがるようだ。
前夜祭の方が楽しいのだろう。五月蠅いので俺はクルーザーで寝ることにした。
次の日の早朝、酔いつぶれた父親達は寝ており、母親達が見送りにきてくれた。
フローラ達は、手を振って叫ぶ。
「いってきまーす!」
こうしてクルーザーは出航した。それから十数分後……。
「あー! 行ってしもうたー! 海彦ー! カムバックー!」
走ってきたドリスは間に合わなかった。
旅に出ることはドワーフを通じて知っていたので、一緒についてくるつもりだったらしい。
俺とは人間の国で合流することになる。
外にいた俺は操舵室に戻り、適当に作った地図で場所を確認する。
ダークエルフの村がヘカテー湖の北東にあり、そこから南に行くとエルフの村がある。
人間の国は更に南方で、セレネ湖もそこにあるようだ。
まずは、湖と湖をつないでいる水路へと向かうことにした。
旅は順調でエンジンの調子もいい。夜になればクルーザーを止めて錨をおろす。
湖に障害物がなくても、暗い中を進むのは危険だ。無理な旅はしない。
飯を食ったら風呂に入り、室内ゲームで女達と遊ぶ。
トランプ・ボードゲーム・テレビゲームなどだ。
力勝負では負けるが運の要素があれば、俺も勝つことができた。やった!
「もう一勝負よ!」
ただ、俺が負けないうちは終わりがなかった。
又はテレビでビデオを見て夜を明かした。やはり旅行は楽しいものだ。
船旅は神怪魚でも出ないかぎり、水の上では襲われる心配はなかった。
森では獣やゴブリンが出てくる可能性もあり、火を焚いて寝ずの番をせざるを得ない。
陸路ではやはり大変だっただろう。
食料の心配もせずにすんだ。
魚を釣って食えばいいし、肉と野菜もクルーザーに大量に積んで、冷凍冷蔵庫に入れてある。
太陽光発電があれば電気には困らず、いざとなればハイドラに充電を頼めばいい。
炊事も交代でやったので、負担は少なかった。まあリンダが、ほとんどやってくれたが。
不便なことは何もなく、クルーザーはまさに動く家である。
特にトラブルもなく、俺達は人間の国についた。




