春が来たのでクルーザーに戻りたい
最後のダークエルフ村で過ごしてるうちに、雪解けが始まる。
日本だったら三月の初め頃になるか、気温はまだ寒い。
ヘスペリスの暦は日本とは違い、一か月が三十日で一週間が六日である。
ただ、十二か月が一年なのは変わりない。
ドワーフ村に行く予定はなく、春がきたらクルーザーに戻るだけだ。
映画の上映会はどの村でも好評だったので、大成功と言える。
あとは持ち回りで、プロジェクター一式を村々に貸し出す予定。
俺はノートパソコンで、動画を見られるので必要はない。
「……しかし、大人の上映会は全て失敗してしまったな。なぜだ? うーん、世の中うまくいかないものだ」
「……あんたねえー、狭い村の中で秘密にして、やれるわけがないでしょうがー!」
「なるほどな」
フローラから呆れたように言われ、俺は納得する。
誰かが側で見てたら隠し事はできないが、気に懸けて助けてくれる人がいるのは、有り難いことでもある。
近所づきあいすらなくなった現代とはやはり違う。
月も終わりになる頃、湖の氷も完全に溶けた。木々の芽吹きも近い。
俺とフローラは荷台に乗り、ハイドラの三輪バギーで帰る途中である。
雪はまだ残っているが、道路は使えるようになっていた。
「海彦が帰るのは寂しいわん。うちの村にずっといればいいのにー」
「あのなー、毎晩のように夜這いにこられたら、おちおち眠れんわ。お陰で睡眠不足じゃー!」
「えー! 夜は寒いから温めてあげようとしただけよん」
「嘘ーつけー!」
ちなみに俺の借りた部屋には、閂をかけて入れないようにしたが、召喚された精霊さんに外されて鍵の意味がなかった。
魔法を悪用しないように。
フローラが側にいても、ハイドラは開き直って、
「じゃー三人でしましょう!」
「誰がするかー!」
と大騒ぎになって、俺も精神的に疲れました。女と一緒に居続けるのも大変である。
早くクルーザーに戻って一人になりたい。
とはいえ、すぐには帰れない。まずは荷台にある木材を運ばねばならなかった。
これは重要な仕事である。
「そろそろ着くわね」
そこは山の麓にある丘陵地、各村とつながっている場所だ。
家畜の放牧にしか使われていなかったが、ここに鉄道が敷かれることとなる。
工事はすでに始まっており、俺はある機械を見て目を丸くする。
「……俺の記憶が確かならば、あれはブルドーザーという乗り物ではないか?」
「そうみたいね」
フローラは淡々としていた。初めて機械をクルーザーで見た時の反応が、今では初々しい。
もはやすっかり慣れきっており、何を見ても驚かない。ハイドラも同じである。
むしろ俺の方が機械の発展に驚いている。
「ロードローラーとダンプカーまである……」
チャールズさんが冬の間に重機を作ったのだろう。
蒸気機関も進歩してるようで、油圧ポンプが動いていた。
機構が複雑なショベルカーはなかったが、いずれ作るだろう。
ドワーフおそるべし。
蒸気重機は丘を削って平らにし、砂利を敷いていく。
あとの細かい作業は人力だ。ドワーフ達が枕木を並べてレールを置き、ボルトで固定する。
はっきり言って作業は早い。見る見る間にレールがどんどん延びていく。
資材は機関車でピストン輸送されており、次々と積み上げられていた。
例によって溶接は火精霊がやっており、レールのつなぎ目を一切なくすので、列車のガタンゴトンがなくなる。
これは現代技術を上回る。
重機と精霊による線路工事を眺めていると、俺は日本に戻ってきたような錯覚を覚えた。
そこにヘルメットを被った現場監督が近づいてきたので、俺は挨拶をした。
「こんちわ、チャールズさん。ご苦労様です」
「おお海彦殿、久しぶりじゃのー。またうちにきてくれ、ドリスも会いたがっとるし、儂らも映画とやらを見たい」
「分かりました。それにしても、重機まで作って鉄道を敷設するとは思いませんでした。相変わらず仕事が早い」
「いやいや、機械の出来はまだまだじゃよ。それでも仕事はかなり楽になった。これも勇者殿が知識を教えてくれたからじゃ、感謝の言葉もない」
「いやー、俺は何もしてませんよ。作ったのはチャールズさんとドワーフですからね」
「ほっほほほほほ!」
チャールズさんは笑い、俺達の会話は弾む。




