奥様だって楽をしたい
「もういいか海彦? あたいは早く機関車を作りたいんだ」
「邪魔したなリンダ。作業に戻ってくれ」
「あいよ」
いそいそとリンダはどこかへ行ってしまった。楽しくて仕方ないのだろう。
俺達は次の場所へと移動する。とは言ってもすぐ側だ。
そこにも、作ってもらった機械がある。
「ハイドラ、準備はいいか?」
「今すぐいけるわよん」
俺はうなずいて合図する。
「出でよボルト! イシュクルの雷光」
ハイドラは銅線を両手に握っていた。
雷精霊が起こした電気は銅線を伝わり、二枚の金属板にとどく。専門用語ではブラシ。
金属板の間にあるのは銅線のまかれた鉄棒、その左右には永久磁石が置いてある。
チャールズさんにもらった磁鉄鉱を使い、銅線は金型で作りニカワを塗って絶縁してある。
鉄棒は高速回転をしていた。
「これが電動機です」
「もはや凄いとしか言い様がない!」
「これも動力なので利用方法はいろいろあると思います。先端をドリルにすれば、削岩機として使えるでしょう」
「私の出番が増えて、嬉しいわん」
雷精霊使いにとっては好機となる。
今までは風や炎の魔法に比べて、雷は役に立たない魔法だった。
護身用に使うにしても、空気の絶縁体が邪魔で効果範囲が狭い。
それでも雷撃の威力は凄まじく、触りさえすれば大型獣でも一撃で倒せる。
銅線ができたことにより、活躍の場は増えるだろう。電気は重要だ。
これで機械のお披露目は終わった。モーターの応用で発電機も作られる予定である。
動力さえあれば、工作機械も次々と生み出されていく。
わずかな期間でヘスペリスの工業力は、飛躍的に進歩してしまった。
俺の借金もこれでチャラである。
しかし、良いことばかりではない。ある喧嘩が起こってしまう。
チャールズさんは、鉱山用機械の製作に取りかかろうとした所、ある人物に怒鳴りこんでこられた。
「あなた! 『ミシン』とやらを作りなさい。それと糸と布を作る機械!」
「いやお前、掘削機械を作ればツルハシとは、おさらばできるんだが……仕事が楽に……」
「裁縫の苦労をなくすのが先です!」
大きな声でドリスの母親は、夫にミシンを作るようせまる。
確かに手作業だけで、生糸や布を作り出すとなると、かなりしんどいのだろう。
服も手縫いであれば尚更だ。
店で買うだけで済んでいた俺は、作る苦労を知らなかった。バーゲン品しか買わんけど。
それと、喧嘩の原因になったのは俺である。
「こんな機械もありますよー」
「まあ!」
つい調子に乗って、ドリスの母親にミシン動画を見せてしまったのだ。
欲しくなって当然だ。俺は知らんぷりするしかない。
ドワーフの村中を巻き込むことになり、男と女の言い争いが続く。
軍配は奥様方に上がる。男達は負けた。
「食事を作ってあげません!」と言われたら折れざるを得ない。
こうして紡績機と、ミシンが作られることになる。
ヘスペリスの自然は素晴らしいが、機械もなしに何十年も働き詰めではストレスも溜まる。
リンダも言っていたが、変化のない毎日で同じ手作業の繰り返しでは疲れる。
とうとう女性達の怒りが爆発したのだ。我慢も限界なのだろう。
ああ、だからエイルさんもたまに不機嫌なのか。
機械によって仕事が楽になれば、笑顔に変わるだろう。
まずは足踏みミシンが急遽作られ、モーター式は開発中。
試作品でも鉄製で革が縫えた。誰かが鞄を作ろうものなら……
「私も作るー!」
奥様方の評判は上々。ただ数台しかないので順番待ちが殺到していた。
「もっとミシンの台数を増やしなさい! あなた!」
「お前なー! 少しは待てよなー! 部品は鋳造ですぐに作れても、組み立ては手作業なんじゃ! 調整もあるから丸一日はかかる」
「なら徹夜で組み立てなさい!」
夫婦喧嘩を俺とドリスは遠くから見ていた。




