ぶっとばされて宙を舞うしかない
「人工呼吸……見せてもらったわ。私の時も、ああやって助けてくれたのね?」
「ああ、あん時は初めてだったので少し手間取ったがな。今日は上手くできた」
「疑ってごめんなさい、海彦。キスはしてなかったわね」
俺はフローラから謝られて驚いた。
自分の間違いを認めることは、なかなかできるものではない。健気である。
フローラは少し変わったのかもしれない。俺の中で好感度がアップした。
「分かってくれりゃーいいよ。今まで人工呼吸なんて知らなかったんだろ? これで俺の無罪が証明されたわけだ。めでたし、めでたし」
「はあー!? 無罪ですってー! そんなわけないでしょうがー!」
「えっ!?」
突如フローラはキレて怒り顔に変わった。豹変されて、俺はビビる。
「見てたわよ、ミシェルの胸を押してたじゃない!」
「あれは、心臓マッサージというやつで……」
「私の胸も揉んで触りまくって、その挙げ句、乳首をなめ回したわねー!」
「そんなことはやってね――――――――!」
「うるさい、スケベ!」
「ぐはあぁ!」
またもや俺はフローラに殴られた。見事なアッパーカットで宙に吹っ飛ぶ。
漫画だったら見開き一枚の絵で、必殺技のシーンだ。
俺はそのまま、頭から湖に落ちた。
固い地面でないのが唯一の幸運で、頭を叩きつけようものなら生きてはいない。
……ああ、何で女はこんなにも理不尽なんだろう?
娘の不始末は、母親が尻ぬぐいをする。エイルさんが俺を治療してくれた。
回復魔法というのは本当に凄い。かなり体が楽になる。
これこそが本当の魔法だと思っていると、精霊が糊のようなもので傷口を埋めていた……。
やはり人海戦術に変わりないが、欠損した細胞の再生を早めてくれるらしい。
「海彦さん、フローラがまた暴力をふるって、本当にすみません。しばらく安静にしててくださいね」
「はい、どうもありがとうございます。エイルさん」
「……嫉妬するくらいなら、上手く誘えばいいのに……馬鹿娘。ブツブツ」
「え?」
「すみません独り言です。それでは失礼します。」
俺に考える時間は与えられなかった。
不機嫌そうなエイルさんと入れ替わりに、毛むくじゃらの従者が現れる。
顔はまったく見えない。筵で横になっていた俺が、起き上がろうとすると止められた。
従者は俺の横にきて座り、挨拶する。
「そのまま、そのまま。我が輩はミシェルの……騎士の従者をしとる、エリックと言うもんじゃ。此度は騎士様を助けてくれてありがとう、勇者殿」
「幸坂海彦だ。俺は頼まれたから助けたにすぎない。この前は助けてもらったし、これでおあいこだ。ただ、女騎士にしてみりゃー余計なお世話だったかな? どうも俺は、目の敵にされてるようだし……」
「すまんのう。王国としては優秀な騎士を、失わずにすんで良かった。本当に感謝しておる。それで、お主を敵視している理由は一応あるんじゃ……」
「それは?」
「ミシェルの父親は勇者じゃ」
「えっ!?」
これには俺も驚く。
「地球からきた異界人と、王国にいた女性が結婚して生まれたのが、ミシェルじゃ。三人は幸せに暮らしておったのじゃが……父親が突然いなくなった」
「地球に帰ったのか?」
「わからん。当人に帰る気は全くなかったはずじゃ。妻と娘を愛しておったからのう。じゃがミシェルは、父親が自分を捨てたと思い込んで恨んでおる」
「…………」
「それからミシェルは女であることを捨てて、がむしゃらに剣の修行に明け暮れた。その甲斐あって、騎士隊長にまで上り詰め、王女の護衛もやっておる」
「そうだったのか……」
「じゃが、父親のせいで男性には不信感を持っており、特に『勇者』は目の敵にしておる。久々に現れたお主には、並々ならぬライバル心を燃やしている。だから今回、無謀な戦いをして失敗したのじゃ。昨晩は必死で止めたんだがのー」
「なんでそこまで?」
「勇者という男の否定じゃ。常々、『勇者なんていらない!』『自分だけでやれる』と意地をはっておる。結局、父親への当てつけなんじゃが、裏を返すと父親が恋しいのだ」
ああ、そうか、そうか、事情はよーく、深ーく分かった。簡単な話だ。
俺に八つ当たりしてるだけじゃねーか!
ハッキリ言おう。同情はしない。いい迷惑だ。
俺達兄弟は両親の顔すら、まともに覚えとらんわー!
ミシェルは母親がいるだけ、はるかにマシだ。
ああやっぱり、女はめんどくせー!




