巫女はやらせない
状況は悪い方向へと進むだけで、一向に止まらない。
鰐鮫は精霊バリアを張ったまま、鉄船二号に向かっていく。
これは偶然か? 奴が俺を避けているように感じた。
「ナイアスの守り!」
フローラも防御魔法で、鉄船を必死で守る。
青と赤の精霊の押し合いが始まり、鰐鮫の方が押していた。赤の精霊は凶暴だ。
膠着状態は長く続かず、互いの精霊が全部消えてしまう。
と同時に反発作用が起きて、鉄船二号は大いに揺れた。
そこに鰐鮫が体当たりをしかけ、船は転覆してしまった。ゆっくりと沈み始める。
「総員待避ー! みんな逃げろー!」
俺は大声を張り上げ、手を振って合図する。
言われるまでもなく、船にいた者達は逃げ出していた。
アランさんがギリギリまで残って指揮をとり、ロビンさんの小舟部隊が救助に向かっていた。
仲間が次々と引き上げられる中、フローラとハイドラが遅れている。
鰐鮫が狙い澄ましたように、二人に向かっていた!
「そうか! 奴の狙いは二人の巫女だ!」
神怪魚にとって、勇者よりも巫女の方が厄介なのだろう。
だが、二人をやらせはせん! やらせはせんぞー!
「どうする気だい、海彦!」
「船を奴にぶつけてやる!」
魔法担当のエルフは、俺の意図に気づきうなずいた。
帆に風が送られて、鉄船は速度を上げて鰐鮫へとまっしぐら。
俺は自暴自棄になったわけではなく、もう一つ奥の手を用意していたのだ。
船首の水面下に衝角をつけてもらっており、この鋭い角で攻撃をしかける。
これを食らえば、鰐鮫とてタダではすむまい。船体の質量は破壊力となる。
少なくとも、二人を助けることはできるはずだ。
速度が乗ったところで、俺はみんなに言った。
「全員、退船しろ! 舵は俺が持つ!」
突っ込むのは俺だけでいい――と思っていたのだが、誰一人として逃げようとはしなかった。
「海彦、みずくさいよ。一人で死ぬ気かい?」
「そうだ! そうだ!」
リンダを含め、全員が銛を持って笑っていた。
船を鰐鮫にぶつけたあと、肉弾戦をしかけるつもりなのだ。
それは俺も考えていたので、笑うしかない。
「おいおい、お前らは生きて戻れよ」
「だめだめ! 勇者を見捨てたら後味が悪い。第一、海彦が死んだら巫女二人が泣きまくる。それは俺らにとっては辛い」
「そうかー? 異界人の俺なんか気にするなっつうの。ただもう後戻りはできんぞ!」
鰐鮫まであと少し……
ヒュン! ヒュン! 覚悟を決めた俺達の前方に、突然矢が飛んでくる。
当たりはしなかったが、この攻撃に鰐鮫はひるみ、防御魔法をまた展開した。
「誰だ? 一体どこから?」
味方で撃っているものはおらず、俺は湖を見渡すがみつからない。
「右側だー! 別な船がいるぞー!」
目の良いエルフが、マストの上から叫んだ。三時方向から矢が次々と飛んでくる。
このままだと俺達がやられてしまうので、左に舵を切って体当たりを止めた。
あとは風魔法で逆風を帆に送ってもらい、船も止める。
別な船は矢を射かけながら、近寄ってきていた。
鰐鮫は巫女を襲うのを止めて、逃げ始めている。バリアをはっているのに意外な行動だ。
「……ガレー船か、俺達の船より大きいな」
船の長さは四十メートルはあるだろう。驚いたのはその船速だ。
たくさんの櫂が、一糸乱れずに動き大型船を漕いでいる。
よほど統制が取れているのだろう。
「神怪魚を追って、仕留めろ!」
「了解 、指揮官!」
俺達の目の前を、ガレー船が横切っていく。
銀色の甲冑を着た、騎士らしい人物がいた。
金髪にダークブルーの瞳、人間のイケメン。格好も良いので俺は嫉妬する。
俺が見ているとこっちを向いて、にらみつけてきた。
あー、またなんか嫌な予感がする。