罠にはめるしかない
皆が固唾をのむ中、湖は静まりかえっていた。
鰐鮫は浮上せず、また潜ったようだ。俺は焦らずに待つことにする。
ジャンプした時が、奴の最後だ。
ところが、そのまましばらく時間が過ぎてしまう。
エサ桶に反応はなく、亜人達は騒ぎ出す。
「どういうことだ?」
「食う気がないのか?」
「もしかして、罠に気づいたのかも……」
そこに浮子が浮かんでくる。
場所は……鉄船二号のすぐ側だー!
「奴は船の下だ――――! 守れえ――――!」
「ナイアスの守り!」
フローラと魔法使い達が防御魔法で船底を守る、と同時に衝撃がきた。
奴の体当たりで、鉄船二号の船首が浮き上がる。
「「きゃああああああ!」」
フローラとハイドラは悲鳴を上げ、鉄船はバランスを崩し大きく揺れた。
甲板が傾き、船員が落ちそうになるが、命綱のおかげで助かっている。
辛うじて船は転覆せずにすんだ。危なかった。俺は胸をなでおろす。
射殺作戦は失敗だ。鰐鮫は俺達に気づき、襲ってきたのだ。
奴はエサには目もくれない。いや、俺達がエサか。
ここは逃げるしかなかった。俺は合図を送る。
「全軍、退却ー! 退却ー!」
「シルフよ、大風を吹かせたまえ!」
二隻の鉄船は帆を張り、大慌てで逃げ出す。
すると、鰐鮫は浮上して船を追いかけてくる。
赤光眼が爛々と光っており、俺達を仕留める気が満々だ。
「追ってこい、追ってこい! けっけけけけ!」
「嫌らしい笑いだわさ、海彦」
リンダにそう言われたが、別に狂ったわけではない。
実は逃げるのは作戦のうちで、ここで少し反撃しておく。
「狙いは奴の目だ! 後部ボウ銃、放てえー! 」
「発射!」
当たらなくてもかまわない、牽制攻撃だ。
矢を発射すると、鰐鮫は咄嗟に水に潜った。ちっ! 勘の良い奴。
まあこれで少しは、距離は稼げる。そして船はある地点までくると……
「面舵!」
「取り舵!」
鉄船二隻は、左右に分かれた。
鰐鮫はどちらを追うべきか迷ったまま、前進した。
「ギョ!?」
奴の正面に突如、大きな網が現れた。
鰐鮫は急反転、しかしそこにも網がある。
奴は泳ぎ回るが、四方を網に囲まれもう逃げ場はない。
一本一本、丁寧に編み込まれた糸で作られた網を、食い破るのは不可能。
網の目も細かく、噛もうものなら口に絡みついて取れなくなる。
また網を強引に突っ切ろうとしても、それも出来ない
なぜなら、網には錨をつけて何個も沈めてある。これを引きずっては泳げまい。
さらに、水面には漆浮子と樽が浮いており、これも重りになる。
網を破れるもんなら、破ってみやがれ!
さらに! な、な、なんと!
もう一つ、網をおつけしました。本日かぎりの特別ご奉仕!
このチャンスをお見逃しなく!
などと、俺は調子づく。テレビショッピングではありません。
「かっかかかかか! 見事に引っかかってくれた。俺様をなめるな! 船を狙ってくるのは、お見通しだっつうーの! ダンクレウスと変わらんなー」
あらかじめ網を半分しかけておき、鰐鮫が追ってきたら小舟部隊が後方を、網で塞ぐ作戦だった。
俺達は鰐鮫を二重網の罠にはめた。これは勝ったな!




