奴はグルメじゃない
集会から三日が過ぎ、俺はモサウルスの姿を双眼鏡で確認した。
「動き出したな」
「ええ、ダンクレウスを消化したようね。それで今回の呼称はどうするの?」
「……鰐鮫だな」
俺が見た感じでは、そうとしか言い様がなかった。ワニとサメのキマイラだ。
狂える神じゃなくて、遺伝子改変動物じゃないかと思えてくる。
生態の謎は深まるが考えてもしょうがない。
「さあ、みんないくぞ。悪いがロリエちゃんは待っててくれ」
「うん。お兄ちゃん気をつけてね」
二艘の小舟が湖の沖へと向かう。オールをゆっくりと漕いで、鰐鮫に気づかれないように接近するつもりだ。
今日は戦うつもりはなく、敵情視察だ。危険がゼロではないのでロリエには残ってもらう。
何かあったら、族長達に知らせるように言ってある。
「この辺でいいな、あまり近づくべきじゃない。フローラいけるか?」
「大丈夫よ。魔法の効果範囲だし、風精霊に気合いをいれるわ!」
「……頼む」
最近、精霊さん達が可哀想でしかたないが、働いてもらう他はない。
動力はどうしても必要である。俺は過労で倒れないことを祈るだけだ。
フローラ・ハイドラ・リンダの三人は、小舟から桶を取り出して水に浮かべた。
中心に棒を立てて、小さい帆が張ってある。ミニチュアの船だ。
「シルフよ、風を起こしたまえ」
フローラの魔法で、三つの桶は前と進む。桶の中に入っているのは、鰐鮫用のエサだ。
生きている鶏と野ウサギ、そして果物であった。
「リンゴなんて食べないでしょ?」
「それならそれで、奴の好物が分かるからいい」
「なるほどね」
俺達は桶をジッと見ていた。まだ動きはない。
「さて、食うかな?」
「恐らくね。人間だって腹が空いたら食べるでしょ」
「……少し心が痛む」
「鶏と兎にかい? 神怪魚のエサにしないなら、あたい達で食ってたけど?」
「そうだな……」
きれい事を言っても、他の生き物を食ってるのは人も同じだった。
それから、数時間が過ぎる……エサ桶に全く反応がない。
「失敗したか? 陸地からは見えたんだがな、魚でも食って腹が満ちたか?」
「いや、来るわ!」
フローラの顔つきが険しくなると、湖が揺らめく。
水中にいた奴が、一気にかけ登ってくる兆候だ。
そうか、人の気配がないか探ってやがったな?
安全だと理解してから動き出したのだとすれば、鰐鮫も相当頭が良い。
「厄介な相手になりそうだ」
鰐鮫は桶の真下からジャンプして、桶を破壊する。
体当たりをくらい宙に飛んだ鶏は、高く上がってから水面に落ちる。
二度も叩きつけられては、生きてはいないだろう。鰐鮫の狩りの仕方は理にかなっている。
動かなくなった鶏を口に入れ、鰐鮫は湖に潜った。
俺達は遠くでその様子をながめていた。無論、ただエサを神怪魚にやるだけに、来たわけではない。
「海彦、あれ!」
「ああ、上手くいったようだ。深度十メートル」
フローラが指さした先には、釣り具の浮子が水面に浮いていた。
さらにもう一つ浮かんでくる。
「深度五メートル」
そして鰐鮫は再びジャンプした。今度は野ウサギが犠牲となる。
奴は丸呑みして潜り、二個の浮子は水中に消えた。
「やったな、海彦! 目印作戦は成功だ。あたいには考えもつかない、戦いのやり方だ」
「これなら鰐鮫の位置はバレバレよん。いつ襲ってきても準備はオーケーね、海彦」
「……ああ、釣りの応用だけどな」
ハイドラが色目を使ってきたので、俺は視線をそらす。言い方がいやらしいわ。
エサの鶏に釣り針と道糸を繋いで、浮子をつけといたのだ。
道糸の長さは五メートルと十メートル。深度計として使える。
鰐鮫の口に釣り針は、うまく引っかかったようだ。
噛み切られないように、針には長い金属ワイヤーをつけてあり、まず外れることはあるまい。
目的を果たして、俺達が戻ろうとすると、
「えっ……」
「あらら」
鰐鮫は残っていた果物桶を攻撃して、中身をぶちまけた。
浮いた果実を、シャクシャクと食べている。
「……食後のデザートみたいね。雑食もいいとこだわ」
「あいつはグルメじゃない。なんでもペロリンチョだな……あ、鰐の舌は動かんか」
どうでもいいことを言ってると、
「ゲブッ!」
食い終えた鰐鮫は、げっぷをしやがった。
いまだに魚類と思い込んでるせいもあり、どうも感覚が狂う。
目の前の光景はシュールすぎる。俺達は驚きながら、砂浜に戻った。




