挑発するしかない
「テミス、ニュクス、ヘカテー、セレネ、アルテミス様ー! お助けを!」
だーかーらー、いくら名前を呼んだって、応えてはくんねーんだよ。
俺はチート能力をもらえなかった時点で、女神を当てにはしていない。
日本人にしてみりゃー、クリスマスもハロウィンも初詣もイベントだ。
宗教観はなく、その日をお祭りにするための口実だ。
そのイベント自体、貧乏な俺には縁がない。それでも誕生日だけは、叔父が祝ってくれた。
俺は日本人の中でも、極めつけの無神論者だろう。
神様が何でもしてくれるのなら、親はいなくなったりはしない。
目の前の厄介事は、自分の力で解決するしかないのだ。
嘆いてばかりの亜人達に反吐が出る。やがて、すがる先が族長に変わった。
「族長、お考えをお聞かせ下さい。もう、我らはどうしてよいか分かりません!」
連呼する声は広がり、大きくなっていく。やかましいわ!
ロビンさんが立ち上がり、両手を前に出して騒ぎを静める。
「皆の者、静粛に。儂らの考えは決まっておるが、その前に勇者殿の意見を聞きたい。海彦殿、よろしいかな?」
「ああ」
離れて立っていた俺に、視線が集中する。この爺、俺に振りやがった。
まあ言いたいことはあるので、今回は構わない。前に歩いて行き演壇に上がる。
まずは深呼吸、すうぅ――!
「黙って聞いてりゃ、ピーピー、ギャーギャーやかましいわ! お前ら!」
俺の怒鳴り声に皆がひるみ、驚いていた。
これまでは腰を低くして、俺は亜人達に接していたので、この変わり様は予想外だろう。
だがもう馴れ合いは終わりだ。本音で本性で俺は語る。
山彦とは違って、オブラートに包むような言い方は出来ないのだ。
俺は皆に喧嘩を売る。
「今、祈って解決したか? 奇蹟とやらはおきたか? 女神様とやらは、目の前に現れてくれたか? 何も起こらねえじゃねーか! そんな者、あてにしてんじゃねーよ!」
「むー!」と全員が怒り出す。
睨まれても俺はひるまず、更にあおる。
「よそ者の俺に言われて、むかついたか? ぶん殴りてーだろ? だがな、神怪魚はいなくなりはしねーぞ! 選ぶ道は二つ! 戦うか、逃げるかだ!」
これで場は静まりかえった。俺は亜人達に決断を迫る。容赦なく過激に言った。
慰める? 鼓舞する? きれい事を語る? 何それおいしいの?
現実は待ってはくれねえーんだよ!
「なーに、女神が居なくなりそうなら、ココを捨てて他所に移り住めばいい。だがな、湖から外に出て帰ってきた奴は、一人もいないそうじゃないか! それでもヘタレは逃げてしまえ! 俺は一人でも戦ってやる!」
俺が言い終えると、皆は激高する。当然だ。
「俺達はヘタレじゃない!」
「よくも言ってくれたな海彦! 年下のくせにー! 女神様を捨てろだと!? ふざけんなー! 俺達の信仰心を見せてやる! 神怪魚なんぞ一ひねりだ!」
俺は亜人達の価値観を、真っ向から否定したのだ。
異界人だからこそ、恐い物知らずで物を言える。
危険を承知で、俺は皆の闘争心をあおった。ここで三人の族長が立ち上がる。
「結論はでたようじゃな、この土地と儂らは一蓮托生! たとえ女神がおらずとも、ここで生きて暮らすしかないのじゃ! ならば、勇者と一緒に戦おう!」
「おお――――!」
ハートマン軍曹を気取ったつもりはないが、やる気はでたようだ。
あそこまで酷くはないよー。
凹んでいるより、怒って闘志を燃やしてる方が百倍ましだ。
俺は憎まれてもかまわない。女神をけなした以上、村人達は俺を許さないだろう。
どうせ神怪魚を倒したら、霊道を開いてもらって、この世界とはおさらばだ。
後のことを、気にする必要はなかった。
「ひょひょひょ、なかなか抜かしおるのー小僧。じゃが、悪くない」
「でたな、妖怪婆!」
俺の隣にホビットの老婆が、突然現れた。今更驚きはしない。
こいつはおとぎ話にでてくる、意地悪魔女なのだ。
「お婆ちゃん!」
「おばば様! 今までどちらに!」
魔女の登場に、場は再びざわめき出す。
頭を下げている者もいるので、どうやら崇拝されてるようだ。
フローラも敬称をつけて呼んでいたし、このババアには何かあるのだろう。
俺は好かんがな!




