処女を捨てたい
フローラが途中で倒れたので鉄船は止まってしまうが、代わりの魔法使いが乗り込んで、助けてくれた。
これで全員、浜辺に無事たどり着く。
俺はロープを下に投げ、丸太の杭に巻き付けてもらう。これで鉄船が固定された。
次にふなばしごを下ろしてから、フローラを抱きかかえた。
下に降りていき、ロビンさんに娘を渡す。ハイドラはアランさんに任せた。
フローラは気を失ったままだが、ハイドラは意識を取り戻したので、敷物をしいて静かに寝かせる。
俺は二人を心配する。
「ハイドラ、大丈夫か?」
「なんとかね……でもこうなると、しばらくはまともには動けないの」
「女神のお告げだっけ?」
「ええ、入神状態になって、体と精神の自由が奪われるの。この時は無防備だし、聞いた後には脱力感に襲われるから、ろくなもんじゃないわ!」
「体を乗っ取られるようなもんか? 金縛りか……大変だな」
「そうよ、私はなーんにもできない。いいようにされるだけ。とっとと処女を捨てて、巫女なんてやめたいわ。海彦、協力してくれなーい」
ハイドラは甘ったるい声で、誘いをかけてきた。
恐らく本気だろう。思えば最初に会った時も、俺を狙っていたのかもしれない。
ただ相手は選べよなー、恋愛感情なしに童貞は捨てられん。
俺も利用されるだけは嫌なので、口を濁しておく。
「よくは知らんが、巫女はお役目だろう? 辛いのは分かるけど頑張れ。ただ状況が落ち着いたら、考えてやらんこともない」
「約束よ」
「ああ……」
俺はハイドラから離れることにする。休ませねばならない。
結論を言えば、俺はバックレるつもりだ。下手に関係を持ったら、日本に帰れなくなりそう。
アランさんも黙ってはいまい。殺されはしないと思うが、婿になるようには言われそうだ。
それは困る。非常に困る。
それより今は、この状況を何とかせねばならない。
二匹目の神怪魚が現れたのは、誰も予想していなかったみたいだ。
三人の族長が黙りこんだままであり、誰もが疲れて暗い顔していた。俺も同じ。
「コラー! しっかりしな男共! まずは飯を食いな!」
この空気を一変させる、エイルさんの一声だ。
見れば即席のテーブルの上に、料理がたくさん並んでおり、葉皿の上に魚や肉が盛り付けられたいた。
臭いもよく、空腹であることを思い出させてくれる。よだれも出た。
村々の女性陣が作ってくれたのだろう。まさに縁の下の力持ち。
俺は両親の記憶が薄いので、元気づけてもらえるのはうらやましい。
桶にある水で手を洗い、俺達は群がって食べる。椅子はないので立ち食いだ。
「いただきます――相変わらず美味い!」
落ち込んでいても食欲はある。悩んでいたって腹は減る。
今はただ食うだけだ。水を飲み、人心地ついたところで俺は眠くなる。
疲れが出てきたのだろう。クルーザーに戻るのが面倒くさいので、筵が敷かれた場所でみんなと雑魚寝だ。
あくびが出て、俺は横になり直ぐに寝た。考えるのは後後、とにかくねみい……。
「勇者どの、勇者どの」
「……う、うん」
体をゆり動かされて、俺は目を覚ます。
日はとっぷりと暮れて、辺りは暗い。星は出ておらず曇り空のようだ。
俺はまだ寝ぼけている。
「……ロビンさん?」
「あい。ひとまず主立った者は、村に帰しただ。儂らは宿舎で寝ることにするが、海彦殿は……」
「俺もクルーザーに戻ります」
「うい。そいで明日、ここで集会を開くことにしましたじゃ。勇者殿も参加してくれ」
「分かりました」
「それではよろしく……」
ロビンさんは去っていく。心なしか、かなり弱々しく見えた。
声に張りはなく、一気に老け込んだようである。やっぱり年寄りなのか?
まあアレを見たら、誰だってショックだ。
俺は自分の足音だけを聞いて、クルーザーへと戻る。何も考えたくなかった。
「寝る前に、体を洗うか」
つうか、体が汗臭かった。
メインデッキに俺は立つと、無造作に服を脱ぎ捨てスッポンポンになった。
日本でやったら変態で、公然わいせつ罪で確実に捕まる。
異世界だからこそ、やれることもあるのだ。この開放感はかなり心地よい。
アッ、アアアアー! 大自然に包まれてるようだった。
風呂はたかずに、くんでおいたバケツの水を使い、濡れタオルで体を拭く。
洗い終えてから水をかぶり、俺は大声を張り上げる。
「ふざんけな――――! バカヤロウ――――! 」
これで少し、スッとした。ストレス発散である。
直後にバサバサと羽音がしたので、驚いた鳥が逃げだしたのだろう。
夜中に騒いでごめんなさい。どうしても我慢できませんでした。
自分の力だけじゃー、どうしようもない事は腹が立つ!
俺はクルーザーの中に入って、そのまま寝た。