勝利に湧くしかない
網の囲いの中を、奴は回遊するしかなかった。移動範囲は狭く逃げ場はない。
仮にジャンプして襲いかかろうものなら、矢の良い的だ。盾精霊の守りもある。
赤兜は死にものぐるいで逃げており、なかなか矢が当たらない。
それも時間の問題だ。奴の体力が尽きた時、勝負はつく。
俺達は交代で矢を撃つので、休む暇を与えない。そして赤兜の動きが鈍くなっていく。
「やった! 矢が当たった!」
「手を緩めるなー! 完全に動かなくなるまで撃ち続けろ!」
「おう!」
ボウ銃から放たれた矢が、次々と赤兜に刺さっていく。
ハリネズミのようになり、黒い湖面を青い血が染め直していた。
俺はもう油断はしない。みんなの思いも同じだ。
奴はオーバーキルしても生き返ってきそうで、絶対に手を抜くつもりはなかった。
念には念を入れて、矢が刺さらなくなるまで撃つ。
そしてついに、赤兜は湖面に浮かんで動かなくなる。プカリと浮かんだままだ。
「撃ち方やめ!」
手を上げて合図し、俺は射撃を止めさせた。フローラに船で近づくように言う。
俺はリンダに作ってもらった鉄銛を持ち、赤兜に投げつけた。
銛は深々と突き刺さり、これでトドメだ――!
「サカナアアアアアアアア――――!」
突如、奴が息を吹き返す。
助走の泳ぎもなしに、赤兜が大ジャンプして俺に向かってくる。
残った赤い片目が爛々と輝いてる。消える命の灯火のようだ。
奴は最後の咆吼をあげる。せめて俺を道連れにしたいのだろう。
「そうだよな、そうこなくちゃ、『ダンクレウス』!」
「海彦!」
「勇者殿!」
慌てるみんなを制して、俺は言った。
「ハイドラ!」
「イシュクルの雷光!」
ハイドラは電気ケーブルを握っており、その手が輝き始める。
黄色い毛玉妖精がたくさん現れて、下敷きで体をこすり始めた。
言うまでもないが、静電気を起こしているのだ。
見ている俺は、突っ込みをいれたいのを我慢する。
まあ確かに、雷の原理は静電気なので科学的には正しい。
しかし、へスペリスの魔法にロマンや夢はなかった。あーつまんねー!
雷精霊の起こした電気は、ハイドラの手から電気ケーブルを通して、結んでおいた銛へと伝わる。
ハイドラの雷魔法を聞いた時に、電気ケーブルを使うアイデアは直ぐに閃いた。
魚を感電させる、電気ショッカーだ。マグロ漁ではよく使う。
「いけ精霊! 一万ボルトだ!」
もちろん正確に計ったわけではなく、ノリで言ってみただけだ。
雷魔法は、そう馬鹿にしたものではない。
電撃を喰らった奴は、体をピクピクと振るわせて、白い煙を出している。
恐らく体内が焼けているのだろう。ついに赤兜の目が光を失った。
俺は勝利を確信する。
「でも、まだ恐いから……」
木の棒で何度も突く。反応はなく、赤兜が再び泳ぎだすことはなかった。
さらばだダンクレウス、貴様のことはすぐに忘れてやる。
「とったどおおおおおおおー!」
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオ――――!」
「やったあー!」
「勝利だ!」
「「海彦――――!」」
俺が拳を突き上げ、勝利の雄叫びをあげると、辺りは大歓声に包まれる。
皆が歓喜に沸き立つ中、フローラとハイドラは駆け寄ってきて、同時に俺に抱きついてくる。
「おいおい」
なぜか二人は、火花を散らしていた。なんか妙な雰囲気だ。




