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俺は勇者じゃなくて、釣り人なんだが  作者: 夢野楽人
序章 異世界なんか行きたくない!
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キスはいらない

 マスコミから逃げ回っていた穂織が、また釣り大会に参加してくるとは、思ってもみなかった。

 そもそも今回、八百長や不正行為はできない。


 運営が変わり、地元の浦島町が主体となっており、ルールや各チームへのチェックは厳しい。

 町として汚名を返上したい思いがあり、大会関係者は真剣だった。

 この状況で、勝負を挑んでくる穂織の気持ちが、俺は分からない。


 勝つ自信があるのか? 


 それと海神家もしつこすぎる!

 末端組織の尻ぬぐいとはいえ、賠償を求めていない俺に関わる必要はないはずだ。

 奴らにとって、弱者は踏みつぶして当然じゃないのか?

 その事情を、俺は後から知ることになる。


 今はわめき立てている穂織にまいっていた。


「いいから、私が勝ったら付き人になりなさい! その代わり、私が負けたら何でもするわ!」

 穂織は一歩も引こうとはせず、強引である。

 俺も相手をしているのが、面倒くさくなって、意地悪なことを言ってしまう。


「言ったな、じゃー俺が勝ったら、キスでもしてもらおうか。それでもいいか?」

 これで引き下がるだろうと思ったが、穂織は逃げなかった。

 目に涙を浮かべて、言い放つ。


「……いいわ、処女の一つや二つ、あんたにくれてあげる! 約束したからね!」

「そこまで言ってね――――!」


 穂織は席を立ち、その場を足早に去る。老執事がお嬢様の後を追った。

あんちゃん……まずいよ。あの人、泣いてたよ」

 俺の隣に座っていた弟が、気まずそうな顔をしていた。


 弟の山彦は、きかない俺とは違って温和な性格をしており、頭も顔も良い。

 高卒の俺とは違い、国立大学に受かっている。自慢の弟だ。

 優しい性格なので、穂織に同情したのだろう。


「いやまさか、あのお嬢様にそこまでの覚悟があるとは思わなかった。キレて、拒絶するもんだと俺は思ってた。まいったな……」

「そんだけ、本気なんだべ。海神わだつみは俺にも、『話し合いがしたいです』と言ってきておる。まあ、断っとるがの」

「叔父さんにも、迷惑をかけてすんません」


「それはいいんじゃ、じゃが話くらいは聞いてやったらどうだ? 海彦」

 叔父のたもつは四十代、現役の漁師だ。

 身寄りの無い俺達を、引き取ってくれた大恩人である。感謝しても感謝しきれない。

 その言葉は俺にとっては重い。腕を組んで考え込む。


「うむむむ…………」

 俺達はベースデッキにある、テーブル椅子に座って休んでいた所、穂織に乱入されたのだ。

 考えてみれば、俺が交渉に応じないから、お嬢様が直接来たのかもしれない。

 だが、「付き人」という条件は絶対に飲めない。

 

 お嬢様の奴隷になって命令される、俺の惨めな姿が目に浮かぶ。

ひざまずいて足をおなめ! おほほほほほ!」

「ぶるるる!」

 想像するだけでもゾッとする。


 俺は頭を振って、ボンデージを着て鞭をもった穂織を、脳裏から追い出す。

 迷っていたところに、執事だけが戻ってきて話しかけてくる。


 俺はバツの悪さも感じていたので、素直に話を聞くことにした。

「旦那様に代わり、改めてお詫び申し上げます。幸坂様」

 深々と頭を下げられたので、俺はめるように言った。

 無関係の人間に謝られても困る。


「お嬢様に多少……問題はございますが、海神家はそれほど傲慢な家系ではございません。それだけは、知っていただきたいのです」

「分かった、分かった。どうせ末端のやったことだろう? 俺のことは気にしなくていい」


「いえ、御当主様と奥方様はこの件で大変心を痛められ、詫びを入れるように穂織様に厳命なされました。下の者の不始末は、上の者が責任をとるのが習わしでございます。ただ、あのような性格ゆえに、素直ではございません。付き人というのも、本当は違います」

「えっ?」


「邸宅にお招きして、海彦様に御奉仕いたします。労働は一切ございません。海彦様が御満足するまで、おもてなししたいのです。欲しい物がございましたら、何でも御用意いたします。無論、これで許して頂けるとは思っておりません」

「……そういうことか。まるで、竜宮城で歓待される浦島太郎だな」

 俺は少し考えてから言った。


「話は分かった、爺さん。だけど、俺は何もいらない」

「やはり金品のたぐいは、お気に召しませんか?」

「いや、違う。俺はやりたいことがあるから、他のことに構ってられないんだ。あんたの主人にも伝えてくれ。気持ちだけで十分だと……」

「……分かりました」


 老執事は納得はしてないようだったが、俺も引くつもりはなかったので、諦めたのだろう。

 そのいさぎよい対応は、尊敬に値する。俺は心の中で敬意を払った。


「俺の方からも言っておきたい。キスというのは無しで頼む。勝っても負けても、お嬢様からは逃げるから、後はよろしく」

「承知いたしました」


 執事セバスちゃんは、一礼して去っていく。本当の名前が少し気になった。

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