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俺は勇者じゃなくて、釣り人なんだが  作者: 夢野楽人
第一章 女神の湖

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流されるしかない

「知ってる天井だ……」


 目を覚ました俺がみたのは、シーリングライト(LED)の明かりと白い壁。

 部屋のところどころに、花や蝶の絵が描いてある。クルーザーの寝室だ。


 仰向けのまま、右腕を上げてみると動く。体に怪我はない。

 あっても、エイルさんが治してくれただろう。俺は病衣に着せ替えられていた。


「……また、負けちまった……畜生――!」


 悔しくて俺は大声で叫ぶ。

 赤兜との戦いは、途中までは上手くいっていた。最後の詰めが甘かった。

 俺は叔父の言葉を思い出す。


「獲物は仕留める寸前が、一番あぶねえだ。最後の力で暴れ出す」


 それで大怪我をした漁師の話を、何度も聞かされてたはずなのに――!

 すべては、俺の慢心と油断が招いた結果だ。

 新品の鉄船と竿を手に入れて、舞い上がっていたからだ。悔やんでも悔やみきれない。


「山彦がいてくれたら……」


 たらればでも、頭のいい弟がいてくれたらと、思わざるを得ない。

 俺をサポートし、上手く御してくれる山彦がココにいないのは、本当に痛かった。

 結局は弟にすがっており、負けた言い訳だが。


「俺一人じゃ、駄目なんだ……」


「……う、ううん」

「えっ!?」


 ベットの横で、フローラがうつぶせになっていた。

 椅子に座ったまま寝ている。俺の看病を付きっきりでしていたのだろう。

 危険な目に遭わせて、すまなかった……俺は心の中で詫びる。

 手で触れようとしたが、途中で止めた。また騒がれたらたまらない。


「ふっ」


 そう思うと笑いがこみ上げ、俺は冷静になれた。

 これは、フローラに感謝すべきだろう。

 俺はこれで諦めるつもりは全くなかった。負けず嫌いなのだ!

 やられっぱなしで、引き下がるつもりはない!


「……海彦?」

「お、おう……」


 少しうるさくしすぎて、フローラを起こしてしまったようだ。

 俺は身構える。寝起きの悪さは承知ずみ。


「よ、良かった――! うわ――――ん!」

「えっ!?」


 俺は抱きつかれて、フローラに押し倒される。

 これには途惑ってしまう。


「あんた、全然目を覚まさないから……う、うえ――ん!」

「泣くなよー……」

「だって、だって、だって――!」


 目の前で女に大泣きされたのは、生まれて初めてだ。これはかなりキツいものがある。

 ある意味、罵られてたほうがマシだ。

 俺は女の慰め方などは知らず、とりあえず頭をなでてやった。


 ようやく、フローラは泣き止む。

 俺達はしばらく見つめ合った後、互いの顔が近づいて――


「勇者どのー! 気がついたかー!」


 ロビンさんの声が聞こえて、俺達は大慌てで離れた。

 かなり気まずい。雰囲気に流されすぎた。あ、危なかった。


「ありゃー、お邪魔じゃったかのー」

「いえ、今起きたところですから……」

「そうかー」


 フローラの態度がぎこちないので、怪しまれた。

 大丈夫です。まだ、何もしておりません。

 俺は童貞のままです。娘さんは処女です。指は一本も……いや五本は触れたか。


 でも手は出してませんので、安心してください。声には出さない言い訳だ。

 むしろロビンさんは、残念そうな表情をしている。なんでだ?


「それで体は大丈夫か? 二日も寝取ったぞ」

「体は十分回復してます。フローラにも世話になりました」

「そうか、それでどうする? 海彦殿」


 質問は抽象的だが、その意味は分かる。

 めるのか? 逃げるのか? それとも――もう一度戦うのか?

 とロビンさんは問うているのだ。俺の答えは決まっていた。


「やらせて下さい。お願いします!」

 俺は思いきり、頭を下げた。


「……良い面構つらがまえになったのー勇者殿。よかろう、何度でもつきあってやる」

「私もやるわ!」


「いいのか? 次は死ぬかもしれんぞ? フローラ」

「あんたとは一蓮托生よ、私がいなけりゃ、船も動かせないでしょ? 次こそは守ってみせるわ! あと、ちょっとで神怪魚を倒せたんだからね!」

「そうだな、よろしく頼む。俺一人じゃ赤兜には勝てない……」

「うむうむ」


 ロビンさんは、俺達を見てニコニコと笑っていた。


「じゃー申し訳ないですが、船をまた作ってください。それともう一つ……」

「……ほう、考えたのう勇者殿。わかった、作ってみるとしよう」

「お願いします」


 俺はあることを、ロビンさんに頼む。

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