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俺は勇者じゃなくて、釣り人なんだが  作者: 夢野楽人
第一章 女神の湖

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幕間

 赤兜の背びれが見えた。スピードを上げて俺達に向かってくる。

 疲れ切ってる俺達は、逃げられない。


「フローラ、魔法は使えるか?」

「もう無理、魔力がつきたわ……」

「そうか……」


 俺は目を閉じ、覚悟を決める。


「フローラは泳いで逃げろ! 奴は俺が引きつける!」

「無茶よ! 死んじゃうわ!」

「まだ俺にはリンダからもらったナイフがある。そう簡単にはやられない!」

「やめて――――!」


 フローラは大声を上げ、俺を止めようとした。目から涙をこぼしている。

 だが、四の五の言ってる暇はない。このままでは二人とも奴に殺される。

 俺はナイフを口にくわえた。


 これで二度目か……同じ手は通用しないだろう。奴は頭がいいからな。

 泳ぎだそうとした俺の頭上を、何かが飛んだ。

 見上げると黒い線のようなものが見える。よく見ると、それは矢だった。

 何本もの矢が、赤兜めがけて放たれていた。

 

「矢を撃ちまくれー! 勇者殿を助けろー!」

「おお――――!」


 ロビンさんの声が後ろから聞こえる。

 振り返れば、小舟に乗った亜人達が、弓を構えて次々と矢を放っていた。


 赤兜に矢の雨が降り注ぐが、一本も刺さらなかった。やはり頭だけではなくうろこも固い。

 それでも奴はひるんで、動きが止まる。


「おりゃ――――!」


 そこにリンダが槍を投げつけた。唸りを上げて風を切り裂き、飛んでいく。

 もの凄い速さだった。いかに怪力を発揮したかが分かる。


 リンダが狙ったのは赤兜の残った片目、奴は大慌てて水に潜った。

 かなりビビったように、俺は見えた。


「ちっ、外したか!」


 わずか数センチ、槍は外れた。おしい!

 それから赤兜は姿を現さなかった。逃げ去ったのだろう。

 俺とフローラはボートに引き揚げられて、みんなに助けられた。


 あんだけ自信満々に、「勝つ」と言ったのに失敗してしまい、顔向けできない。

 浜辺に着き、ロビンさんのとこに行こうとするが、俺はめまいがして倒れてしまった。


「……ごめん、ロビンさん。みんなごめん、船をなくしちまった……本当にすま……」

「海彦!」


 フローラの声が聞こえたのを最後に、俺は意識を失う……。


 ◇◆◇◆

 

「今回の勇者はどうかな? 兄者」

 ロビンに聞いたのは、ダークエルフ族長でハイドラの父親、アラン。


「鼻っ柱がやや強いが、積極的でいいんじゃないか。責任感もある。神怪魚ダゴンに立ち向かう度胸もある。前の勇者はあっさり消えたからのー、それに比べたらはるかにマシじゃ」


「確かに海彦は頑張っとる。だが……」

「この失敗で逃げださなきゃよいがのうー、ひょひょひょ!」


「おばば様、嫌みを言うのはよしなされ。海彦は敗れはしたものの、二度も戦って生き延びております。これは褒め称えるべきじゃ」


「ひょひょひょ、まあな」

「…………」


 女神の湖の砂浜で、焚き火を囲んでいる者達がいた。

 部族の族長達が夜半に集まっていた。他に人気はない。

 メラメラと燃える火に照らされ、顔が見える。


 三人は腰をおろし、オークの族長だけ立ったままの姿勢だ。

 リンダの父親であり名は、オグマ。


 亜人達の中で身長は誰よりも高く、二メートル三十センチもある巨人。

 胸板も厚くて、着ている革鎧をはち切らんばかりだ。筋骨隆々、腹筋割れもすごい。

 寡黙かもくな最強戦士である。


 エルフ族のロビンとアラン兄弟も、筋肉質で精悍せいかんな体つきをしていた。


 ホビットのおばばについては一切不明。

 老婆は仮の姿で、本当の姿を見た者は誰もいない。族長達ですら知らなかった。

 それでも全員、数百歳の年齢だ。この世界では、ようやく老齢期にさしかかったところだ。


「昔はもっと強かったんじゃが……」


 ロビンは愚痴るが、今でも海彦よりはるかに強かった。

 全員がその気になれば、神怪魚を倒すのはたやすい。

 実際、異界人がいない時代には、族長達が片付けていた。

 やって来た勇者にたいしては、別なことを望んでいる。


「しかし、此度こたびの勇者召還はおかしい。女神のお告げが全くなかった」


「そうじゃな、異界人エトランゼは祭壇から現れるのが常じゃが、湖から来よった。もしかすると海彦は、ヘスペリスに偶然来たのではないのか?」


「迷い人か!」

「何か波乱の予感がするのう……」

「女神の力が弱まってるような、気がする」

「うむ……」

 オグマがうなずく。

 全員、予兆を感じており不安げな面持ちだ。


「この先、何が起きるかわからん。警戒はすべきじゃ」

「賛成だ兄者、皆に鍛錬に励むように言っておこう」

「薬や食料の備蓄も、増やしておこうかのう」


「再び、『災厄の日』が迫ってるのかもしれん。我らが幼い日に聞かされた神話じゃ、もはや知ってる者は誰もおらん。伝承ゆえに、本当に起きるかどうかも分からん」


「そうだな……」


 しばらく誰もが口をつぐみ、火の粉を見ながら考えに耽っていた。

 族長たちは星を眺めている。


「ところで、海彦のあっちの方はどうなんだ? 兄者」


「それがのう、どうも奥手のようじゃ。リンダにはかなり好意を持ったようじゃが……」


 オークの族長は、ポキポキと指をならす。

 怒ってるようでもあり、喜んでいるようにも見える。無表情なのでよく分からない。


「フローラと毎日一緒にいるわりには、手をだしてきた様子はないな」

不能いんぽでは困るな」


「いや、フローラの性格のせいじゃろ。あんなに気が強くては、誰だってえるわ」

「何だ、ハッキリいっとらんのか? 兄者」


「いや、勇者の嫁になる話は教えとったが、すっかり忘れておるのじゃろう。儂の言葉なぞ、右耳から入って左耳から出ていっておる。美しく育っても女らしさが全くないので、同族の男すら避けとる。このままじゃ、嫁の貰い手がないわ!」


「……まあ、うちのハイドラも女ばかりに、ちょっかいかけておるしなー。何を考えとるか、さっぱり分からん……」


「「はあー……」」


 エルフ兄弟はため息をつく。娘に悩まされている父親だった。


「ひょひょひょ、異界人を婿にするのは我らの習わしじゃ。これは絶対に曲げられん。となるとロリエに頑張ってもらうしかないのー。海彦に少女趣味があればよいが……」

「難しいのう……」


「人間の王も黙ってはいまい。娘を送ってくるに決まっとる」

「海彦の取り合いじゃな、誰をめとるのやら……女神のみぞ知る、といったところか」

「うむ」


 最後にオグマがうなずき、集まりは散会となった。

 族長達の思惑を、海彦はまだ知らない。


 ◇◆◇◆

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