沈むしかない
「潜っただと!?」
赤兜は正面からぶつかってくると思いきや、水中に姿を消す。
竿がしなりっぱなしになり、俺はリールを少し緩めた。
深く潜って何をする気だ? やるとすれば一つしかない。
張り詰めていた道糸が垂れると同時に、水面に気泡が浮かんできた。
奴が急浮上してくる!
「大ジャンプ! 狙いは俺か!?」
水柱と一緒に、赤兜が空中へと舞い上がり、水しぶきが辺り一面に降り注ぐ。
奴の残った片目が赤く光り、俺に向けて大口を開ける。
「グバアアアア!」
赤兜はうなり声を上げて、威嚇してくる。
俺の目には、景色がゆっくりと流れていた。スローモーションのようだ。
死の直前には、色んなことが起きるらしい。
このままいけば、俺は奴に押しつぶされて死ぬ。だが……
「そうくると思ってたわ! ナイアスの守り!」
フローラが精霊バリアを、俺の周囲に展開してくれた。
奴の動きを読んでいたのだろう。これで赤兜は跳ね返され――なかった!
「嘘!」
「馬鹿な!」
俺にぶつかってくると思っていたら、赤兜は更に高く飛んだのだ。
ゆうに七メートルを超えている。あり得ない!
――そうか! 竿の反動を利用したな!?
くそ! 俺を威嚇したのはフェイントだ。すると、奴の真の狙いは!
「帆柱だー!」
俺を飛び越して、赤兜は巨体を帆柱に叩きつける。
衝撃に耐えきれず、メキメキと音をたて帆柱はへし折れた。
横に倒れていき、湖面に浮かぶ。
帆がなくなり、鉄船は動けなくなった。風精霊の力だけでは押せない。
俺達は足を奪われ、ピンチに追い込まれる。赤兜の底力を甘く見過ぎていた。
「まずい! 奴が船底に入り込んでしまった。このままだと船が――」
「しっかりしなさい海彦! まだ櫂があるでしょ! このまま漕いで運ぶのよ!」
「お、おう」
慌てていた俺は、フローラに発破をかけられる。
命の瀬戸際では、女の方がしっかりしてるのかもしれない。
俺はフローラを見直した。
竿が邪魔になるので下に倒して、道糸も切っておく。こうなっては仕掛けは意味が無い。
俺は素早くオールを持って左舷についた。フローラは右舷。
「せーの!」
二人で力を合わせ、必死で漕ぐと船は動いた。人力でもかなりいける。
帆に比べれば遅いが、確実に進んでいる。
赤兜に動きはない。甲板を突き破って船底に入り込んだままだ。
中で暴れられたら、鉄船とて壊されてしまう。
恐らく、大ジャンプし落ちたせいで、ダメージを受けたのだろう。
かなりの高さだったので、脳振とうを起こしていても、おかしくはない。
ならば今のうちに進むだけだ。
「はあー……はあー……」
とはいえ、やはり漕ぐのは疲れる。フローラに力はあるが、スタミナはなく息切れをおこす。
俺だってへばってきており、人のことは言えない。
「フローラ大丈夫か? 少し休むか?」
「そんなこと言ってられないでしょ! ふん!」
確かに言う通りだ。赤兜が息を吹き返す前に、浅瀬にたどりつかねば。
コイツはまだ死んではいない。
女のフローラが頑張る以上、俺もオールを握り直して必死で漕ぐが……
「あれっ!?」
「船が進まない!?」
突然、船が重くなったように感じた。
あっ! と気づいた時にはもう遅かった。
船縁を見ると、水面がすぐ横に見える……終わった。
「浮力の限界だ。赤兜を乗せたせいで、船が重くなってしまった」
「どういうこと!?」
「もうすぐ、この船は沈むんだよ――――――――!」
「いやああああああああああああああああああああああ!」
フローラの絶叫が湖一帯に響く。もはや逃げ出す他はない。
俺達は湖に飛びこむ、あと少し遅れていたら、船と一緒にお陀仏だった。
沈むゆく船からバキバキと音がする。水を得て、ついに奴が目覚めた!




