狙いが読めない
赤兜は引っかかった針を、懸命に外そうとしている。無理だっつーの!
「無駄、無駄、無駄、無駄、無駄、むだあぁ――! 最強のトリプルフック針だ。返しがあるから抜けるわけがない! それとな、道糸は四百号だ。マグロだって余裕で釣れる太さと強度がある。引っ張って千切れるものなら、やってみやがれ!」
現代釣り具、TUEEEEEEE――――! SAIKYOOOOO――――!
俺は勝ち誇り、鼻を高くする。完全に天狗状態だ。
フローラも仕掛けの頑丈さに驚いていた。
「くっくくく! 圧倒的じゃないか、俺軍は! これは勝負にならんな、ふっ」
鼻で笑い、俺は勝利を確信する。
赤兜は暴れ回るのを止めた。道糸がゆるむ。
バラしたわけではなく、奴が鉄船に向かってきていたのだ。
下から体当たりする気なのだろう。それで小舟を壊しているので、同じ手を使う気だ。
だが今度は、そうはいかない!
「フローラ頼むぞ!」
「ええ、ナイアスの守り!」
フローラが船底にバリアを張る。
船上からでは見えないが、盾を持った精霊がたくさん集まっていた。
赤兜の突進を、気合いを入れて受け止める。
「ふんぬー!」
大きな水音はしたが、鉄船にダメージはなく、精霊達は赤兜を跳ね返した。
すかさず、奴は別方向から襲ってくる。やはりタフな奴だ。
浮上して、精霊が守っていない船腹を狙ってくる!
ドン、という音とともに衝撃がきた。船が大きく揺れて、俺達は振り回された。
「きゃっ!」
「うおっ! 予想以上だ!」
船体は傾くも転覆はせず、穴も開かない。船は赤兜の攻撃を、見事に耐えきった。
「やったぞ! 流石は鉄製、なんともないぜ。作ってもらった甲斐がある!」
「え、ええ!」
フローラも命綱を握りながら、にこりと笑う。俺達には余裕があった。
赤兜は自棄になり、船に齧りついてきた。まるで、ねずみのようだ。
ガリガリと音を立てたところで、船は壊れはしない。
むしろ、
「赤兜の歯が、一本飛んだわ!」
「ザマーみろ!」
自身がダメージを負い、赤兜は船から離れていった。
俺はリールを少し巻いてみると、まだ弱ってはいないようで、手応えはある。
そう簡単にはへたばらないか、だがもう奴に打つ手はあるまい。
俺は作戦を早めることする。
「フローラ、陸地にむけて、船を進めてくれ」
「予定より早くない? 大丈夫?」
「様子を見ながら、慎重に行こう。また暴れだすようだったら、船を止めて守ってくれ」
「わかったわ」
俺もフローラも油断はしない。赤兜の獰猛さは、嫌というほど分かっている。
最後まで気を引き締める必要があった。
フローラが帆に風を送り、鉄船を微速前進させる。
すると、赤兜は湖面に浮いて姿を現し、船の後についてくる。
リールを巻く必要がなくなり、かえって不気味だ。
「なにか、狙ってやがるな」
「下手に暴れずに、体力の回復をしてるんでしょう。反撃してくると思うわ」
「だな、警戒は怠らないぞ!」
しばらくこの状態が続き、船はゆっくり進んでいた。赤兜に動きはない。
「父さん達が見えたわ!」
「そうか、俺には見えんが……あと少しで陸地か」
エルフの目は良く、五キロ先まで見えるらしい。また遠くの音も聞こえるそうだ。
ここに来て、赤兜が動き出す。猛スピードで沖に戻り始めたのだ。
突如、鉄船が引っ張られるが、俺達は慌てない。
「ここにきて最後のあがきか? なにっ!?」
リールがすぐに軽くなった。引っ張られたのは一瞬、奴は反転してまた船に向かってくる。
体当たりしても無駄なのは、学習したと思ったが、買いかぶりすぎたか?
どのみちフローラの防御魔法と、船の装甲を赤兜は破れない。
これは玉砕か?
いや、そんなことをするのは愚かな人間だけだ。
生物は生存本能があるかぎり、最後まで諦めはしないのだ。
ならば奴の狙いは、一体なんだ?
俺は首をかしげるしかなく、フローラも途惑っていた。




