デートではない
すでに参号機は空高く飛んでいるのだが、弐号機の上昇が遅い。
見たところ気球に異常は見られず、原因は不明。俺は首をかしげる。
「なにか重い物でも積んだのか? ――――いてっ!」
上から丸められた新聞紙がぶつけられる。ゴンドラから雅が投げつけていた。
「すみませーん、海彦様。手が滑っちゃいました」
「そっかー、手が滑ったのなら仕方ないな…………なわけあるかい!」
たまーに雅が俺を攻撃してくるのだが、理由が全く分からん。
女は理不尽なとこもあるので、気にしてもしゃーないだろう。
どうやらカメラ機材を積み過ぎたのが原因らしい。減らすと弐号機も徐々に昇っていった。
「うーん……」
女達は順番に気球に乗っていたが、なぜかフローラは乗らずに考え込んでいた。
話しかけても上の空。仕方ないので俺は店に戻ることにする。仕事はせんと。
……次の日の朝、俺はフローラに手を引かれ、強引に広場に連れていかれる。
「さあー、乗るわよ!」
「まあ、いいけどさ……」
フローラはかなり気合いが入っていた。どうやら、俺と気球に乗りたかったらしい。
リンダも一緒だが、ハイドラがいないので上昇するだけになりそう……と、思っていたらフレームにつけてあったプロペラがない!
代わりにあったのは、小型の帆である。
形はパラシュートで綱が絡まないよう、より戻し金具がつけてあった。
「いでよ、シルフ!」
「ひー、ひー、ひー!」
風精霊が現れて、帆に風を送ると気球は進んでいった。
もともと帆船を動かすほどの風力があるのだから、気球でもいける。
まあ、いつもながら精霊さんは大変ですが。
どうやらフローラは昨日のうちに、帆を用意して取り付けたらしい。
「わー、村が小さく見えるわ!」
「そうだな……」
昨日見たばかりなので、俺はあまり感動はしない。
フローラは浮かれているので、デート感覚なのだろう。
楽しんでるので水を差さず、適当に合わせておこ…………えっ!?
「ちょっと待て! リンダ、霧が薄くなってないか!?」
「だわさ! 昨日と比べて厚みがなくなってる! 間違いないわ!」
「海彦! アレ!」
フローラが指した方向を双眼鏡で見れば、
「魔物の軍だ! かなりいるぞ!」
「こっちに向かってきているわ! 速い!」
「急いで戻るだわさ!」
リンダは気球を急降下させ、その間に俺は手鏡を使い太陽光を反射させて、下に合図を送る。
見張り台からの狼煙は、上がっていない。恐らく向こうからは見えないのだろう。
距離は遠いし見張り台の位置からだと、森林が視界を塞いでいるからだ。
それと魔物達は川下りをしており、低い位置にいるので、空からでなければ見つけられない。
気球が原っぱに着地すると同時に、駆けつけてきたみんなに言った。
「魔物よ!」
「弐号機、参号機を発進させてくれ! カメラと無線機を積んでな!」
「分かったー!」
俺はゴンドラから飛び降りて、運営本部に電話をかける。受け取ったのはミシェル。
「ミシェル大変だ! 魔物の軍がアルテミス湖に向かってきてる! 北東方向からだ!」
『なんだと!? 分かった、すぐに王と族長達に連絡して斥候を出す!』
「頼む!」
やはり、直ぐに伝えられる電話があるのはいい。
伝令兵の徒歩では遅すぎて、対応が遅れてしまう。
すぐに警報サイレンがアルテミス湖一帯に鳴り響き、ラジオからは警戒速報が流れる。
『たった今、勇者様より魔物を発見したとの連絡がありました。詳細は確認中ですので、続報をお待ちください。市場祭は一時中止しますので、火の元の管理を徹底してください。戦士の皆様は戦う準備を、女性・子供は避難場所へ慌てずに移動してください。繰り返します……』
雅の放送を聞きながら、俺も本部へ急いで向かうことにする。そこが本陣に変わるだろう。
「海彦、フローラ! 荷台に乗って!」
「助かる、ハイドラ!」
気球からの光の合図に気づき、電動オート三輪でかけつけてくれたのだ。
リンダは残って気球での偵察を続ける。
みんなが協力して助け合う。この団結力に勝るものはない。
それと魔物もアホだな、この市場祭に来てる人達は五千人以上。
人数は多く、子供をのぞけば全員が強い戦士だ。誰もが直ぐにでも戦える。
俺達が本部に到着すると、いたのはエリックさんと雅、あとは無線担当だけである。
族長達の姿はなかった……。




