レトロゲームをやりたい
「よーし、タル転がし開始!」
「おりゃー! 押せ! 押せ!」
船縁から下に降ろした板は、下り坂になる。
用意していた樽を押してやれば、勢いよく転がっていき、近づいてた人狼たちに向かっていく。
「ギャウン!」
矢のようには避けられず、人狼たちは樽にぶつかって吹っ飛ばされる。
よっしゃー! ストライク! ボーリングじゃないけどね。
樽は重い上にスピードがついてるから、質量兵器には敵うまい。
弓矢も牽制になっていた。
「やったわね! 海彦」
「ああ。もとネタは昔のレトロゲームで、マ……某人気ゲームキャラクターが初登場している。ゲームのように、ジャンプして樽は躱せるもんじゃねーぞ! かーかっかっかっか!」
思わず俺は高笑いしてしまった。上手くいったので、フローラや戦士達も喜んでいる。
タルを転がすのはゴリラではないが、力自慢の亜人達だ。
板の向きを少し変えたり、連続で転がしてやれば避けられる物ではない。
――だが、中には運良く船まで近づけた人狼もいた。
「ガウッ!」
「ナイアスの守り!」
飛び上がって鋭い牙や爪で襲ってくるも、すかさずフローラが盾精霊を召喚して防ぐ。
やっぱり精霊さんは強い。これなら安心――――!
「海彦!」
跳ね返されても、回転しながら上手く着地して、再び襲いかかってくる。
バリアの隙を突かれ、鋭い狼爪が俺に迫る!
「ふん、なめるな!」
「キャヒン!」
俺は持っていた刺股を使って、人狼を下に突き落とす。U字の棒だ。
剣や槍が効かなくても、これなら押し返すことはできる。作っておいて良かった。
カウンターになり受け身もとれず、人狼は固い氷に叩きつけられた。
高く飛んでいたのが仇となり、落ちたダメージが大きく動きが止まる。
そこに、
「おりゃあー! くらえー!」
重い樽を軽々と持ち上げて、ぶん投げたのはドワーフのチャールズさんと、オークのオグマさんだ。
狙いも正確で、頭に直撃させる。これで確実にトドメを刺した。
この二人はやはり別格だ。次々と人狼達に樽をぶつけて倒していく。
壊れた樽からは液体が流れ出し、氷上一面に広がっていく。
気温は低いのに凍り付くことはなく、狼男達は液体を浴びてしまう。
「クンクン……?」
臭いを嗅いで違和感を感じたようだが、もう遅い。
ちょうど樽攻撃にも限界がきていた。もうすぐ船に積んでいた樽がなくなる。
俺は合図を出す。
「リンダ! オグマさん!」
「うむ!」
「あいよ! いでよサラマンダー!」
ここで、加工しておいた樽を二人は持ち出す。
蓋の真ん中に穴が開いており、そこに長い布が詰めてあった。
これは導火線、火精霊が火をつけると燃えていく。
直ぐにオグマさんが敵のど真ん中にぶん投げると、氷上一面に火が広がる。
戦士達も残った樽に、火をつけて転がした。
「ギャアアアアアアアアアー!」
「見たか魔物ども! これぞ勇者の火達磨作戦だ!」
人狼たちは、火に包まれていた。
樽の中に入れていたのは、エタノールでアルコール度数90パーセント。
ああ、よく燃えるなー。たっぷり浴びせてやったしな。
人狼達は氷上を転げ回って消そうとするも、もう獣毛と体が燃えてるので無理。
この作戦にも元ネタはある。
罠の軍師が藤甲軍という、刀も矢も通じない藤の鎧を着た軍隊に対し、火攻めで倒している。
同じく獣毛が固くて丈夫だろうが、火には耐えられまい。
勝敗は決した。もう向かってくる敵はおらず、のたうち回ってるだけだ。
ただ、チャールズさんは浮かない顔をしている。
「しかし、もったいないのうオグマ。アルコールをかなり無駄にした。ビール道具の消毒に使えたのに……」
「うむ……」
族長達はため息をつく。
言うまでもなく酒を我慢することはできず、どこの村でもビールを作りまくっていた。
クラフトビールで酒税もありません。しかも美味い!
ビール作りにおいて、一番重要なのは洗浄と消毒である。仕込むより大変な作業だ。
でないと雑菌が繁殖して、飲めないだけでなく毒になってしまう。
精霊さんがブラシを持ってやってくれるが、アルコールは用意せねばならず、戦闘に使ったことを惜しんでいた。
楽には勝てたが、戦争は損しか生まないな……。