満月の夜は恐い
「ありゃ、人間か?」
「それにしては、変だわ。薄着なのに平気で動き回ってる。素足でブーツも履いてないし……」
「うーむ、攻めてこんのー」
俺達はアルテミス湖の南岸陣地から、北岸の様子を双眼鏡で見ていた。
森から出てこないので、敵の正体は分からず総数も不明である。ゴブリンではない。
見た感じは人のように見え、かなりの数がいることは確かだ。
やがて奴らは焚き火を焚き始め、長い煙が夕焼け空へ登っていく。
様子を見ていた俺は、思わず舌打ちする。
「ちっ! あいつら炊事をしてるな? 飯を食う気だ。荷車に雪と鹿を乗せて、運んで来やがった。あれなら腐らんし、荷車を壊して薪に使ってやがる。頭は悪くない」
「それでも遠征で疲れてると思いますわ、海彦様。休息をとってから、明日にでも攻めてくる気でしょう。それとも今晩かしら?」
「夜の可能性が高いな、雅さん」
「すると夜間撮影になりますね。シャッタースピードと露出を調整しないと上手く撮れません。明るいといいですけど、場合によっては光精霊を使います」
「……あんまし、前には出ないでくださいよ」
雅はラジオには出るわ、講師をしたり、カメラマンになったりと多彩な活動をしている。
好奇心旺盛で、活発な王女様はジッとしていられない。
覚えた知識を生かして、毎日を目一杯楽しんで過ごしている。
それに付き合わされるミシェルと親衛隊は、本来の護衛がやれなくなっていた。
「……もう私は、雅様のアシスタントだ」となげいている。
まあ、父親のエリックさんとアンドレさんからすれば、娘達は後方にいてくれると安心していられる。
なるべくなら、戦いからは遠ざけておきたかった。親心である。
防御陣地を作ったので、こちらから攻める気はない。ましてや夜になる時間では、奇襲するのは危険だ。
俺達も飯を食って備えることにする。こうして時間だけが過ぎていった。
……満月の夜、ついに奴らが動き出す。
「アオ――――――――ン」
遠吠えが聞こえたかと思ったら、次々と鳴き始めてやかましい。
そして、奴らは変身する。
「ガルルルルルル!」
「狼男だ!」
「初めて見たわ!」
正に魔物である。驚く者もいれば、闘志を燃やして笑っている者もいた。
群れとなった人狼たちは、一団となって駆け出し、コッチに向かってくる。速い!
「ふん、獣人よりは遅いのだ!」
負けん気の強いアマラは言う。でも今は、着ぐるみを着てるから足は遅いだろ?
突っ込むのは止めておこう。
月明かりに照らされて、人数も分かった。約三百人……匹ほどだろう。
かなりの数の軍勢だった。しかも体が変身して大きくなり、力もありそうだ。
「よーし、ボウ銃隊・弓矢隊、撃てえ――――!」
すぐに号令がかけられ、一斉に矢が放たれる。まずはボウ銃の水平発射。
と同時に長弓隊は斜め上に向かって撃ち、矢の雨を降らす。
正面と上からの攻撃だ。これなら一溜まりもあるまい。
盾も持たずに突っ込んでくるのは、愚かだと俺は思ったが……
「なにっ!?」
「避けた!?」
「矢が弾かれただと!?」
人狼たちは、鋭い足の爪を氷に食い込ませて急停止、そのまま横にジャンプして矢を上手く躱していた。
乾いた氷でも滑らない! 反応速度に反射神経も並ではない。やるっ!
それと、矢が当たっているのに刺さらず、全く平気な顔をしていた。
「なせだ!?」「わからん!」
神怪魚にダメージを与えてきた、ボウ銃が効かなくて戦士達に動揺が走る。
相当ショックは隠しきれない。俺は人狼伝説を思い出す。銀の銃弾は……ないな。
「不死身の狼男……そうか、満月に合わせて攻めてきたわけか。やはり知恵がある。あの灰色の獣毛が固いようだな、刀や剣も通じないかもしれない」
「お兄ちゃん、どうしよう……」
「大丈夫だよ、ロリエちゃん。策はある。みんな、やるぞー!」
「おお!」
俺は大声を出して、みんなを鼓舞する。これで少しは活気づいた。
得たいの知れない者は恐くて当たり前。武器の効果がなくては、逃げだしてもおかしくはない。
ウソも方便、「なんとかなる!」と俺が言えば、みんな信じるだろう。
「よし、板を降ろせ!」
ちなみに俺達は木造の船の上にいる。
ソリをつけた船を氷上に一杯並べて、バリケードの陣地を作っていた。
船を移動させるだけだったので、早く作ることができた。高さもありミニ城壁である。
そしていよいよ、俺の作戦が開始される……。