釣りどころではない
まずは男達が氷の湖面を歩いて調べ、危険な場所があれば赤い旗が立てられる。
あとはロープで規制線が張られた。やはり氷が割れたらシャレにならん。
そして起伏があると転ぶので、氷上を削って平らにし、見事なスケートリンクが出来上がった。
「やっぱり競争するんだよな?」
「だわさ!」
「負けないわよ!」
リンダはスピードスケートに燃えている。ライバルはフローラ。
ただ滑るだけでは飽きるし、フィギュアスケートで採点したら満点しかつかないだろう。
皆々、軽く4回転ジャンプをするので、甲乙のつけようがない。
ストップウオッチが作られたのも大きい。これで時間が計れるようになった。
まだ大きいが十分使えるし、精度もそんなに必要はない。時計と一体となったクロノグラフは開発中。
水晶振動子が使われるようになれば、機械式からデジタルに変わるだろう。
誰もがタイムアタックに夢中になっていた。
おれは、やっぱり釣りだ。亜人と普通に滑っても勝負にならん。
なのでスケートリンクとは別な場所に、ソリをつけたテントを引っ張っていく。
リンダが改良したのを作ってくれたので、移動は楽だし寒風も防げる。
当たりをつけて場所を決め、氷上釣りの準備を始めた。
「さて、氷に穴を開けるとするか…………!?」
ふと上を見上げれば、煙が上がっている。
火事か? いや違う! これは狼煙だ!
魔物の接近を知らせる合図である。灯台兼見張り台から、煙が立ち上っていた。
「みんな撤収だ!」
「ええ!」
大声を上げると、気づいた誰もが陸地へ、急いで戻り始めていた。
俺も素早く仕掛けを片付け、ソリを押していく。
もっとも、敵はすぐにはこないだろう。
見張り台の監視範囲は半径二十五キロほどで、双眼鏡で発見したとすれば、魔物はまだ遠くにいるはず。
そこからアルテミス湖の南に来るまでには、かなりの時間がかかり、その間に戦闘準備ができる。なので慌てる必要はない。
しかし、寒い冬場に攻めてくるとは思わなかった。春以降と俺は予想していたが外れた。
あとで知ったが女神の結界がかなり消え、見える場所がドンドン増えていく。
やはりアルテミス湖は琵琶湖に似ていて、向きが反対なだけである。さすがにデカい。
『緊急放送です。魔物の群れを見たと、見張り台から無線連絡が入りました。女性・子供は家からでないように。霧の近くに行ってはダメです。魔物に警戒してください。戦士の皆様は族長の指示に従ってください。くりかえします……』
雅の声がラジオからヘスペリス中に、朗々と響き渡る。
やはり防災無線は役に立つ。来ると分かっていれば、心構えができるからだ。
なので、いきなり来る地震だと、人はどうしても取り乱してしまう。
男達は戦意を上げて、各村から出陣する。
水路も湖も凍ってしまってるが、それを道路にして蒸気自動車を走らせたのだ。
ゴムタイヤにはチェーンを巻くか、鬼クルミをスパイクピンとして埋め込む。
冬場の移動手段も用意しており、冬に攻めてこられた場合の作戦も考えてある。
奇襲のつもりだろうが、俺を甘くみるなよ!
「よーし、みんな! 例の物を運びだしてくれ。アルテミス湖に陣地を作るぞ!」
「おお!」
陸地で俺は戦の準備を始める。援軍が来るまでにやれることはしておくのだ。
危険な作業はなく、兎族と移住してきた人達がいるので、人手は十分足りている。
気合いを入れて体を動かせば、冬でも暑いくらいだ。
こうして一日が終わった。
「海彦殿ー!」
「こんちはエリックさん」
次の日には、族長達と戦士が続々とやってくる。俺は順番に挨拶して回った。
やはり来るのは早かった。光精霊さんと白熱電球を明かりに使い、夜の道を行軍してきたのだ。
蒸気自動車の力も大きく、ソリをつけた荷台に大人数を乗せて来られた。
大きな幌もあり、戦士達は毛布にくるまって寝てたので、体調に問題はなく直ぐにでも戦える。
まあ、寝なかった運転手は宿舎で休んでいる。ご苦労様でした。
俺達は機械のおかげで素早く集まることができたが、魔物らはどうやって移動してるのだろう? 何日も歩きだよな?
別に敵を心配したわけではなく、少し気になったからだ。