南国フルーツはいくらあってもたりない
俺達はもう一日だけいる予定で、後始末と旅の準備をしていた。
まずは手を振って族長達を見送る。
昨日、嫁さんにボコられた旦那達は、女神号から叫んでいた。
「イカー!」「カニー!」「エビー!」
「タコ――――――――!」
一番大声を上げたのは、オーク族長のオグマさん。
「うむ」以外の言葉を初めて聞いた。蛸料理がかなり気に入ったようだった。
他の族長達も自分の好物を叫んで、海との別れを惜しんでいる。
無理もない。
生まれて初めて食って、脳に刺激が与えられたら、それが欲しくなってたまらなくなるのだ。
コーヒーなどの嗜好品と何ら変わらない。
「オグマ、帰ったらすぐに大型漁船をつくるぞ。手伝ってくれ!」
「うむ!」
「俺達もやるぞ!」
他の族長達もやる気は満々のようだ。何せしばらく食わせてもらえないのだ。
女神号にはイカの塩辛・タコの干物や、冷凍された海産物はたくさん積んであるが、これは村への土産なので手をつけるわけにはいかなかった。
少しでも手を出そうものなら、奥様に手をひっぱたかれる。
ビールを飲んだ罰として、族長達は一口も食べさせてはもらえなかった。
それは村に帰るまで続く、きつい拷問となる……。
その奥様軍団も食べたいフルーツを我慢したので、不公平ではない。
三隻の女神号が遠くに離れていくと、
「あとはフローラ! 早く帰ってこーい!」
「うるさ――――い!」
最後に父親の本音がでた。やはり娘は心配なのだろう。
まあフローラ達からしたら、耳障りだったようで、少しイラっときたようだった。
族長達を見送ったあと、俺達も撤収作業に入る。
とは言っても、バンガローは解体せずにそのまま残す。どうせ各村から人が派遣されてくるので、生活空間として使ってもらうつもりだった。
クルーザーにあったサーフボードも全部置いていく。
どうせ波のない湖では使えないし、もう俺はココにくる機会もないだろう。
アルテミス湖でも異界人の手がかりがなければ、フローラに「霊道」を開いてもらい、俺は日本に帰るつもりだ。
いつまでも人探しをしているわけにはいかない。山彦と保叔父さんが待っている。
ホビット婆の水晶で見た時の弟の顔は、辛そうで見ていられなかった。
このままだと一生悔やむことになる。早く帰って安心させてやりたいとこだ。
俺は思案しながら、物運びをしていた。
「……て、フルーツ積みすぎじゃー! ぜっーたいに腐るぞ!」
「大丈夫よ。その前にジュースにするから」
「海彦様、熟してない物を取ってますし、吊り下げ保存やら教わりましたので、かなり保つと思います」
「……はい」
俺は反論できなかった。人間コンピュータ雅の計算に間違いはないだろう。
女達は生活用品を捨てても、南国フルーツを持っていきたがる。
しばらくは食えなくなるので、名残惜しくて仕方ないようだ。
でも……最低限にしてくれ。
こうして俺達もテミス湖から去ることになる。
「ピィーピィー!」
「キャウ! キャウ!」
海ではイルカ達が鳴いて、お別れに頭や尾びれを振ってくれた。
「さようならー!」
俺達も甲板で、おもいきり手を振っていた。
万感の思いをこめてクルーザーは行く。
「さらばイルカ達、さらばテミス湖」
「さようなら、『彦海』」
「その名を呼ぶなー!」
俺の要望は完全に無視される。湖の名は女神だが、この海は俺の名前がつけられた。
ヘスペリスでの第一発見者として名前が刻まれたのだ。間宮海峡と同じである。
呼称は必要であり、族長達と奥様方が全会一致で、「彦海」と呼ぶことに決めた。
「恥ずかしいので他の名前で……」
「いやいや、他はありえん」
「短くて、誰でも覚えやすいし、勇者殿の名は残したい」
誰に頼んでも聞き入れてはもらえなかった。今後、地図にも載って広がるだろう。
俺はあきらめるしかなかった。ただ文句は言いたい。
トラックや船じゃないんだから、逆さ文字にすんなー!
こうして俺達はテミス湖を後にした。
次は最後の湖、アルテミス湖である……。
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