女神の結界
俺はあわててフローラに近づくが、手を振って大丈夫だと合図される。
シレーヌとハイドラは顔をしかめながらも、ゆっくり泳いで浮上していった。
俺は雅の親衛隊員と見守りながら、後から海面へと向かう。
「みんな大丈夫か!?」
俺がクルーザーの縄ばしごを登って甲板に上がると、フローラ・ハイドラ・アマラ・シレーヌが座りこんでいた。
リンダの水着が濡れているので、体を持ち上げて引き上げてくれたのだろう。
辛そうな顔をしている四人にロリエが薬を配り、ドリスが水の入ったコップを手渡していた。
……はっ! 一人足りない。
「雅は!?」
「甲板でいきなり倒れたから、あたいが寝室に運んだ。今はミシェルがついてる」
「そうか……」
巫女達に異変が起きたので、女神の啓示というやつだろう。
これは何かが起きる前兆で、俺は警戒する。
そこにフローラとハイドラが手招きした。
「大丈夫か? 二人とも」
「何とかね……もうすぐ動けそうよ」
「今回はそんなにキツくなかったわん」
「そうか、良かった」
「女神のお告げは一言、『……破られた』だけよ」
「それって一体――――あっ!」
俺は沖を見て、その啓示の意味を理解する。
「女神の……霧の結界がない!」
正確にはまだ霧は残っているが、海の水平線が見えるようになっていたのだ。
あきらかに霧が遠くに離れて、薄くなっている。
景色が良くなったのを喜べる状況ではなく、俺は嫌な予感しかしない。
……それは、すぐに当たることになる。
すかさず双眼鏡で周りを確認すると、遠くに何かが見えた。
「海彦お兄ちゃん! 何かくるわ!」
「大きい背びれがたくさん! 何だいあの生き物は!?」
「サメだ――――!」
海においてもっとも警戒すべき生物だ。地球じゃ毎年人が襲われてるし、漁業被害も大きい。
こいつらとだけは絶対に共存はできない! 人類の敵だ!
およそ数百匹のサメの大群がこっちに向かってきていた。
「やばい! ひとまずテミス湖に逃げるぞ!」
「あいさ!」
俺は操縦席に駆け込んで舵を持ち、リンダは蒸気エンジンをぶん回して、スピード全開!
プリプリ号も親衛隊員らが動かし俺達の後を追ってくる。
ただサメの泳ぎは早く、あっと言う間に近づいてくる。
それでも船には向かってこずに、手当たり次第に魚を襲って食い始めていた。
綺麗な青い海が血に染まる……。
正に海のギャングである。高いジャンプを繰り返し、その巨体が見えた。
「ホホジロザメにタイガーシャークにオオメジロザメ、その他たくさん……鮫の品評会かよ。別種がこんなに集まるなんてありえねーぞ。しかもでけーし、五メートル級がゴロゴロいやがる。襲われたら一溜まりもないな」
「これが人食い鮫というやつね? 多分、女神の結界が突然消えたから、一堂に集まってしまったんでしょ」
「なるほどな」
案の定、鮫同士の共食いも始まっていた。
その隙に俺達はテミス湖に入り、奥の岬へと向かう。
着くと同時に船を並べて〝へ〟の字になる。サメを後ろに回り込ませない防御陣形をとった。
全員ボウ銃を持って待ち構え、俺達に緊張が走る。
やがてテミス湖にもサメの集団が入ってきて、魚を追い始めていた。
もうすぐ、船の近くまでくるだろう。
「ちっ! 淡水でもおかまいなしか。奴らは獰猛だから、大きな船だろうが関係なく襲ってくるぞ! フローラいけるか?」
「ええ、ナイアスの守り!」
「ミシェル、雅は?」
「まだ眠られたままだ……」
「そうか……」
あと精霊バリアを使えるのは、親衛隊員一人だけなので守りは心許ない。
それでも逃げ道が塞がれてしまったので、もう俺達は戦うしかなかった。
ついにホホジロザメの一匹が、クルーザーに向かってくる!
ドガン! と派手な音がする。
サメが巨体をぶつけてきたが、盾精霊さんが完全に防いでくれた。
まともに体当たりをくらったら、船は大破していただろう。俺は冷や汗を流す。
バリアに跳ね返されたサメは、動きが鈍って遅くなる。
「いまだー! 撃てー!」
すかさず俺達は反撃に出た。