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俺は勇者じゃなくて、釣り人なんだが  作者: 夢野楽人
第四章 湖めぐり旅2

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真剣になるしかない

「ひょひょひょ、流石にしょげとるようじゃのー」


「……妖怪婆か、もうほっといてくれ」


 目の前に突然現れようが、今更驚くこともない。意地悪魔女なのだから。


 今の俺は誰とも話したくないので、目を合わせず横になる。


 どうせ、からかいにでも来たのだろうと思い、完全に無視することに決める。


 悪口を言われようが、テコでも動く気はなかった。だが婆は意外なことを口にする。


「まあ無理もないのー、あれだけ頑張って失敗したのじゃから。海彦は二匹も神怪魚を倒したし、勇者の役目は十分果たした。お主はようやった、褒めてやるわい。あと二頭も倒せとは言わん。もともと、『迷い人』じゃから戦う義務はないしな」


「…………」


「じゃがニュクス湖の神怪魚ダゴンは倒さねばならん。海彦の代わりの勇者を、ほこらから召喚するとするかのう。どーれ……」


 そう言った婆は、懐から大きな水晶玉を取り出して宙に浮かべる。


 まるで昔のブラウン管テレビのようで、色んな物が映し出されていた。


 チラリと見ていた俺は、ある者の姿が見えた瞬間に、目を見開いて跳ね起きる。



「水晶玉よ新たなる勇者を映せ……ほう、この男か。ふむふむ、名前は幸坂山彦。お主の弟か、なら期待できるのう」


「ババアー! 山彦をへスペリスに召喚する気か!?」


「五女神による勇者の選択はなされた。あとは婆がヘスペリスに喚ぶだけじゃな」


「やめろ! 弟を巻き込むんじゃねー! ふざけんなー!」


 俺は大声で怒鳴り小舟が揺れる。本気で頭にきていた。


 山彦の無事な姿が見れたのは嬉しいが、神怪魚退治にココに召喚されたら、確実に死ぬ。


 確かに弟は利口で賢いから、すがりたいと思ったことは何度もある。


 だが、いくら知恵者の山彦でも、フタバ竜二頭が相手では勝てるわけがなかった。


 弟を危険な目にあわせる訳にはいかない! 山彦は絶対に守る! 俺は兄貴なんだー!


「なんじゃ? 弟に会いたくはないのかえ? 望みをかなえてやろうというのに」


「なめんなー! 再会するのは日本に帰ってからだー。こんな危険な場所で会っても嬉しくもないわ!」


「なら、どうする気じゃ? まだ、お主がフタバ竜と戦うのかえ?」


「ああクソ、やってやる! まだ負けたわけじゃない!」


「ひょひょひょ! 結構、結構、闘志は衰えておらぬようじゃな。なら婆も手助けしてやるかのう。まずは族長達を援軍に呼ぶとするか、霊体エーテルを飛ばして連絡すればすぐじゃ」


 あ……この糞ババア、俺をたき付けやがったな、弟をダシに使った脅迫じゃねーか!

 俺は否応もなく、フタバ竜を倒すしかなくなる。 


「二頭を相手にするのは大変じゃが、傷を治せるのはメスの一頭だけ。ならば、同時に倒すことができれば勝てるじゃろう」


「雄雌だったのか? 同時にだと? 方法はあんのかよ!?」


「それはお主が考えよ、ひょひょひょ!」


「ちっ! そんなこったろうと思ったわ!」


 結局、自分で作戦を考えるしかない。婆はヒントだけはくれた。



「まあまあ、弟の顔でも見て少しは落ち着け」


 宙に浮いた水晶玉が俺の目の前にくる。


 映った山彦の姿を見ると、元気そうなので安心する。


 これなら保叔父さんも恐らく無事だろう。俺は嬉しくて顔がゆるむ。


 他に映っている者は穂織だ。ただし二人とも表情は暗い。


 景色は海なので、恐らく船の上にいるのだろう。


 弟とお嬢様が一緒にいる理由は一つしかない。行方不明になった俺の捜索をしているのだろう。


「ここにいるぞ!」と叫んで伝えたいが、異世界のヘスペリスにいては声は届かない……。


 俺は見てるだけでは、もどかしくて辛かった。


 やがて水晶玉には何も映らなくなり、ババアと一緒に消える。


「ひょひょひょ! 頑張るが良い、お主は一人ではないぞ」


 捨て台詞だけ残して行きやがった。


 俺はムカつくが、心配してくれてる弟のためにも、何としてでも日本に帰らねばならない!


 神怪魚ごときに邪魔されてたまるか!


 俺は決意を新たにし、オールを漕いで基地に戻る。



 基地の桟橋には、仲間の女達が全員集まっていて心配そうな顔をしていた。


 俺がいきなりいなくなったから、不安になったのだろう。


 立ってずっと待っていたのかもしれない。悪いことをしたな。


 最初にフローラが声をかけてくる。


「海彦……大丈夫」


「ああ、落ち込んでもいられなくなった。婆に脅されたからやるしかない」


「えっ!?」


「それはどうでもいい話だ。みんな、フタバ竜を倒すアイデアを考えてくれ。なんでもいい! ババアは二頭同時に倒せと抜かしやがった!」


「お婆様が……それはかなり、きつい条件だわさ」


「そうねん」


「それでも、やるしかないですわ!」


 雅の言葉に誰もがうなずく。女達の目には闘志があった。


 一度負けたくらいであきらめる者は誰もいない……そうか、俺には必死さが足りなかったようだな。


 自分は異界人でよそ者であり、どこか他人事で関係ないと思っていたのかもしれない。


 ならば真剣マジでやろう! どこまでもしつこく食らいついて、必ず奴らを倒してやる!

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