切り札を使うしかない
「今のうちに撤退だー! 水に落ちた者はロープに掴まって、そのまま小舟に引っ張ってもらえー!」
「わかったー!」
船に人を引き上げてる時間がないのだ。アタワルパさん達の時間稼ぎはそう長くは持たない。
小舟から投げられたロープを水に落ちた者が握って、そのまま引航されていった。
これで残っているのは俺達のクルーザーと、雅のプリプリ号だけになる。
何度も周囲を見回して、取り残された者がいないか確認した。もう他に誰もいない。
「海彦! 私達も逃げましょう!」
「駄目だ! エリックさんとアタワルパさんをおいてはいけない! 最後の切り札を使う! リンダは蒸気砲の準備を! ドリスはアレを用意してくれ!」
「あいよ!」
「わかったのじゃ!」
そして俺は、戦っている二人に向かって叫んだ。
「エリックさーん! アタワルパさーん! もういいです、退いてください! 殿は俺達がやります!」
「分かったー!」
「了解でござる」
二人とも、切り札のことは知っている。
会議で何度も話し合ってるから、無理をして戦い続ける必要はないのだ。
俺も特攻やら玉砕をする気はなく、生きて帰るつもりだった。
「とう!」「えい!」
フタバ竜から獣人と抜刀隊が一斉に飛び離れて、大樽の上に乗り、上蓋を叩き割った。
そのまま中に入り込むと、人魚達が大樽を押して戦場を離脱していく。
大樽はジャンプ台だけではなく、「樽船」として使えるようになっていて、中の隙間はニカワで埋めてあるので水漏れはしない。
まあ見た目は格好悪いが、普通に泳ぐよりは速いし疲れることはなかった。
もう小舟がないので、最後の移動手段である。
もっともフタバ竜は逃す気はなく樽船を追いかけていくが、そうはさせない!
「パオン!」
矢が当たり、奴らが俺達の方を向く。
「くらいなさい!」
俺・フローラ・リンダ・ロリエ・ドリス・ミシェルの六人が次々とボウ銃を放つ。
当たらなくてもかまわない。こっちに注意を引けばいいのだ。
二頭はあっさり引っかかり、クルーザーに向かってくる。
攻撃を受け続け、またもや傷だらけになったので、かなり怒り狂ってるようだ。
「よし! 蒸気砲発射!」
俺がトリガーを引くと、ある物が発射される。
それは銛ではなく太い竹筒で、空を飛んでいく。やや重いので速度は遅い。
これでクルーザーのエンジンは止まり、俺達はしばらく動けなくなる。
今、二頭のフタバ竜に襲われたら一溜まりもないだろう。
それにも関わらず、役に立ちそうもない物をなぜ発射したのか?
これは奴を倒すためではない。逃げるために用意した兵器で、精霊達が竹の上に乗っていた。
フタバ竜の頭上まで来ると、竹筒は三つに割れて、中から粉が飛び散って広がる。
「フローラ!」
「シルフよ、つむじ風を巻きおこせ!」
上空で一列に並んだ風精霊達が、団扇を振りながら勢いよく旋回を始める。
すると渦巻く風が起きて、飛び散った粉が二頭にまんべんなく降りかかる。
竜巻のような威力はないが、フタバ竜に浴びせるのには成功した。これでいい。
ただ精霊さんは目を回してしまう……すみません。
「プオ! プオ! プオ!」「パオ! パオ! パオ!」
フタバ竜は咳とクシャミに苦しんでるようだ。
竹筒の中身は小麦粉・胡椒・塩・唐辛子を混ぜた催涙弾である。
きめ細かく砕いて作った刺激物は目鼻口から侵入する。ガスマスクでもないかぎり防げない。
退却用の兵器として、俺は何度もドリスと実験を重ねていた。
竹は軽く適度な強度を持ち、何にでも使えて本当に便利だ。二頭はたまらず水に潜る。
ここで退く!
「雅さん、ハイドラ! 頼む!」
「はい海彦様!」
「いくわよん」
プリプリ号の舵を握るのは雅、そしてエンジンを動かすのはハイドラだ。
人命救助に親衛隊をまわしたので、魔法士は誰も残っていない。
「出でよボルト! イシュクルの雷光!」
毛玉妖精が電気を起こし、ハイドラが持つケーブルを通して伝わっていく。
その先にあるのは水タンクの中の電熱コイル、これで水が温められて蒸気が発生し、蒸気タービンエンジンが動くのだ。
プリプリ号が前進すると、ロープでつながれたクルーザーが引っ張られていく。
蒸気砲を撃ったら動けなくなるのは百も承知、だったら別な船に曳航してもらえばいい。
逃げる算段を俺は用意していた。
二頭が再び姿を現した時には、俺達は安全圏まで逃げおおせていた。
ただ、フタバ竜討伐作戦は失敗に終わる……。