嫌な予感しかしない
「ふー、よしいくぞー! さあ仕留めてくれるわ!」
エリックさんは竹水筒で水をゴクゴクと飲み、手で口元をぬぐう。
クルーザーから主力船に乗り移り、前線へと向かった。
順番にアマラ達も小船に乗り、俺達から離れていく。かぎ爪を手にはめて振り回していた。
腹が満ちれば、やる気も出るし気合いも入る。
残ったフローラ達も、見てるだけでは我慢できなくなる。
「うー海彦、私達も参加した方がいいんじゃない? ボウ銃くらいは撃てるわよ」
「そうねん、私も戦いたいわん!」
「だわさ!」
狩人の血が騒ぐのかもしれないが、俺は女達を押しとどめる。
「だめだ。ハイドラの出番は一番後だし、まだ何が起きるか分からん」
「うー、けちんぼ!」
「……ずいぶん慎重になったわね? 海彦」
「いっつも、土壇場でひっくり返されて痛い目をみてるからな。悪いが我慢してくれ。それに前線はエリックさん達で十分だから、割り込むと却って邪魔になる」
「仕方ないわね」
女達は不満そうだ。しかし俺は心を鬼にして妥協はしない。
確かに作戦は順調で、フタバ竜は見る限りでは弱ってきており、一気に仕留めたくなる。
それでも不安材料は二つあった。
一つはロリエの占いで、卦は良くなかったのだ。当たるから始末が悪いんだなこれが。
そしてもう一つは……作者の野郎がすんなり終わらせるとは思えないのだ。
絶対、俺に嫌がらせをしてくるに決まってる。ふざけんなー!
(ふっふふふふふふ……)
俺の不安をよそに、フタバ竜への攻撃は休むことなく続き、とうとう奴もへばってきた。
明らかに動きが鈍くなっていて、反撃すらしてこなくなる。もうグロッキー状態だ。
だがここで焦ってはいけない。慌ててはいけない。
叔父の言葉を思い出し、慎重に攻めるように伝令に伝達してもらう。
「了解しました。勇者さま!」
フタバ竜はもうハリネズミ状態だ。大量の青い血が湖を染めていた。
やがて長い首が湖に沈み、ついに動かなくなる。背中のコブだけが浮かんでいた。
「よっしゃー! あと一息!」
「これだけ刺されば当然じゃ!」
それでもフタバ竜は小刻みに動いており、完全には死んではいない。
ここにきて俺も腹をくくり、最後の攻撃をすべく銅鑼を叩いて合図する。
夜を待たず、決着がつきそうだった。
「全艦隊集結! トドメを刺すぞ、囲い陣形だ!」
「おおおおお!」
リンダに言って、クルーザーも前線に出す。
これが戦争だったら降伏勧告をするところだが、生憎と神怪魚は人ではない。
全艦による一斉射の後に、雷撃部隊を投入するつもりだ。
ここまでくると電撃は必要ないかもしれないが、用心に用心を重ねる。
発射準備が完了すると、戦士達は次々と手を上げて知らせてくれた。
「よーし、撃て……えっ!?」
攻撃する直前、フタバ竜が俺達の前から消えた。
自ら潜ったわけではなく、何かに引っ張られるように、水の中に引きずりこまれたのだ。
俺はまたか、と思って顔をしかめる。
「おいおい、また別な神怪魚でも現れたか? 横取りされたか? 勘弁してくれよー!」
「違うわ海彦。霊道が開いた様子はないし、瘴気の色は変わっていないわ」
「じゃー、一体何事が起きたんだ? うーん……シレーヌすまない、見てきてくれるか?」
「はいです――う!」
俺が偵察を頼もうとしたその時!
「パオオオーン!」
「ばかな!?」
水しぶきを上げてフタバ竜が再び姿を現した。それも艦隊の真後ろから!
消えてから時間はさほど経っていない。それなのに一瞬で俺達は後をとられていた。
しかも、フタバ竜の傷が一切なくなっており、刺さっていた矢と銛もない。
「信じられないわ!」
動揺は味方全体に広がってしまう。大混乱になるのは無理もない。
俺だってわけが分からない。誰か教えてくれー!
こうなったら逃げる他はなかった。
「全軍撤退! 全艦逃げろー!」
「うわあー!」
とは言ったものの後をとられた時点で、小船の何艘かは体当たりを食らい撃沈されていた。
混乱は収まらず、負傷者が増えていく。防御魔法も間に合わない。
「ちいぃ! テレサさーん! 落ちた人の救助をお願いしまーす!」
「分かりましたー!」
まずは人魚達に救出を頼む。
あとは何とか態勢を立て直そうと、俺は大声で指示するが……。